四庫全書と四部

中国には、資料を大きく四つの部で分類する方法「四部」があります。この分類法はしばらく中国で書物を分類する時の主流になっていました。

四部はそれぞれ「経(ケイ)」「史(シ)」「子(シ)」「集(シュウ)」からなります(「史」と「子」は日本語では同音となるため、「子部」を「コブ」と便宜的に呼ぶ場合もあります)。四部を使って編纂された叢書の代表的なものに『四庫全書(シコゼンショ)』があります。このページでは、四庫全書と四部のあらましを紹介します。

もくじ

四庫全書のあらまし

四庫全書は、清の乾隆帝(ケンリュウテイ, Qianlong, Emperor of China, 1711-1799.)が命じ、10年にもおよぶ歳月をかけて編纂された一大叢書です。四部に大別した庫、つまり「四庫」に収めた叢書ということで、この名がついています。

1773年(乾隆38年)に四庫全書館を開き、古今東西天下の書物を集めました。集めた書物は、紀昀(キイン、Ji, Yun,1724-1805)をはじめとする総纂官らが先頭となり収集したものに学者らが校正を施し、写字生に一定の形式で書写させました。

各部における代表的な書物は全文を掲載していますが、散逸や行方不明などにより収集できなかったものや重要だとされなかった書物は、目録のみにとどまっています。全文が掲載された書物を「著録本」、目録のみを収めた書物を「存目本」といいます。

好学の士であり文化を大切にした乾隆帝のもとあらゆる書物を集めた四庫全書ですが、収められなかった書物もあります。
たとえば文学分野は詩文とその批評、文人学者の全集を収めただけで、純粋な戯曲・小説は収められていません。これらの作品は、士君子(学問・人格ともに優れた人)がたしなむようなものではないとされていたため、書物として扱われませんでした。清朝の政策に反するような書物も著録・存目共に収められていません。
また、先朝の中心であった漢民族、その中でも特に読書人階級(知識層)への懐柔策としての目的もありました。四庫全書の編纂は、文化事業でありながら政治的な側面をあわせもって行われたことがうかがえます。

四庫全書は七つの閣(「閣」は物をしまっておくところの意、ここでは「専用の書庫」)に収められました。これを「四庫七閣」(シコシチカク)といいます。

  • 文淵閣(ブンエンカク):北京紫禁城内、現在は台湾故宮博物院蔵
  • 文溯閣(ブンソカク):奉天(のちの瀋陽)離宮、現在は甘粛省図書館蔵
  • 文津閣(ブンシンカク):熱河(のちの承徳)の避暑山荘内、現在は北京図書館蔵
  • 文源閣(ブンゲンカク):北京の円明園 ※アロー戦争(第二次アヘン戦争)で英仏連合軍により焼失
  • 文匯閣(ブンカイカク・ブンワイカク):揚州の大観堂 ※長髪賊の乱で焼失
  • 文宗閣(ブンソウカク):鎮江の金山寺 ※長髪賊の乱で焼失
  • 文瀾閣(ブンランカク):杭州の聖因寺行宮、現在は浙江省立図書館蔵 ※長髪賊の欄で一旦散逸したが後にほぼ復旧

まずは紫禁城に文淵閣を建て正本を収蔵し、その副本(模写したもの)を文遡閣・文津閣・文源閣に置きました。これらを「内廷四閣」と呼びます。のこりは民衆の閲覧のために江蘇省に置かれた「江浙三閣」です。現存するそれぞれの版を比較すると内容にかなりの異同があり、収録された数にも違いがあるようです。ちなみに、愛知淑徳大学図書館が所蔵する四庫全書は『景印文淵閣四庫全書』です。台湾故宮博物館所蔵の四庫全書の景印版(写真複製を行った版のこと、「影印」と同義)ということになります。

時を経て学術研究が進んだ現在、四庫全書は「全書」であるとはいいきれなくなりました。底本(原本にする資料)を勅撰本・内府蔵本・各省採進本・進呈本・通行本などから広く集め善本を選び、原本が亡失しているものは『永楽大典』(明時代に編纂された類書)から引用するという、細微で進歩的な試みのもと編纂されましたが、後世になって、編纂時には亡失したと思われていた資料が発見された・当時選んだ底本が必ずしも善本ではない・当時の価値観では対象外とされた貴重な資料が存在している、などということがわかっています。何よりも四庫全書が編纂された後にも学術研究は盛んに行われ、対象とすべき資料は増え続けています。
しかしながら、膨大な資料の全文を対象に考証・校勘を行い一定の分類基準のもと整理した・中国の分類法の基準ともいえる四部をまとめあげたという功績は極めて大きく、四庫全書は現在でも中国の学術研究において欠かせないものとなっています。

四部(四庫分類法)の実際

四庫全書は、以下の四部に沿って、書物を収録しています。分類は3層になっており、上から「部」「類」「属」となります。
  例:経部 > 礼類 > 周礼之属

経部 : 儒教の経典

儒教の経典およびその注釈評論を中心に書物を集めています。小学(今で言う「言語学」の事)がこの部に収められたのは、経典を読むために読法や字義を理解することが必要だからという理由のようです。この部には太宰春台の『古文考経孔氏伝』(考経類)、山井鼎(号は崑崙)の『七經孟子考文補遺』(五経総議類)という日本人の著述が2篇収められています。

易・書・詩・礼(周礼・儀礼・礼記・三礼通義・通礼・雑礼書)・春秋・孝経・五経総義・四書・楽・小学(訓古・字書・韻書)

※春秋 : 魯の歴史
※孝経 : 十三経のひとつで孔子と曾子の孝道に対する問答を筆録したものだといわれている
※四書 : 大学・論語・孟子・中庸の総称

史部 : 歴史

歴史地理を中心に書物を集めています。実際政治および法律に関する文献も含んでいます。

正史・編年・紀事本末・別史・雑史・詔令奏議・伝記(聖賢・名人・総録・雑録・別録)・史鈔・載記・時令・地理(総志・都会郡県・河渠・辺防・山川・古蹟・雑記・外紀)・職官(官制・官箴)・政書(通制・典礼・邦計・軍政・法令・考工)・目録(経籍・金石)・史評

※正史 :史記・漢籍以下紀伝体(本紀・列伝の体裁で人物の行事を中心に記述したもの、←→編年体および別史・雑史)の歴史
※史鈔 : 諸史の中から必要な事項を抜萃したもの
※載記 : 地方政権の歴史を記述した史書

子部 : 諸子百家(中国の思想家)の書

儒家・あるいは儒家以外の思想家(諸子)の著作、理学書、雑技、芸術書、宗教書、雑書、西洋の学芸の影響を受けた書物などを集めています。ちなみに「子」とは、元は男子の美称としてや有徳者・有爵者に尊称としてつける文字です。思想家・哲学者が「孔子」「老子」などと「子」を付けて呼ばれるのは、その弟子がそれぞれの師の説を編集し書物にするためです。

儒家・兵家・法家・農家・医家・天文算法(推歩・算書)・術数(数学・占候・相宅相墓・占卜・命書相書・陰陽五行・雑技術)・芸術(書画・琴譜・篆刻・雑技)・譜録(器用・食譜・草木鳥獣虫魚)・雑家(雑学・雑考・雑説・雑品・雑纂・雑編)・類書・小説家(雑事・異聞・瑣語)・釈家・道家

※小説家:治国平天下の大きな論に対する「小さな説」を説く者(「小説」ということばは清代末期になってからいわゆる近代文学の一分野である小説を指すものとなった)

集部 : 詩文などの文学作品および批評と文人学者の全集

大別して「別集」(一人の作を集めたもの)と「総集」(多くの人の詩文などを集めたもの)があり、どちらも詩集のみ・文集のみ・詩文合集の3種があります。

四部よりも古い分類法

晋の時代にも書を四つの分類にわけていました。『隋書経籍志』(ズイショケイセキシ)によると、この分類法は魏の時代にはじまったとされています。ただし、いわゆる「四部」とは少し異なっています。

甲部 : 六芸・小学などの書
乙部 : 古諸子家・近世子家・兵書・兵家・術数
丙部 : 史記・旧事・皇覧簿・雑事
丁部 : 詩賦・図讃・汲家書

漢の時代には劉?(リュウキン)の撰による「七略(シチリャク)」という分類法がありました。実際には「六略」として構成されていますが、総論となる「輯略」が別項目になっているため「七略」の名前がついています。この分類を採用した書物に、班固の撰による『漢書藝文誌』(カンジョゲイモンシ)があります。

六芸 : 経書
諸子 : 戦国諸学派の書
詩賦 : 詩文
兵書 : 兵学の書物
数術 : 天文・暦算・占卜
方技 : 医薬の類
輯略

四部の問題点と変改

四庫全書には、以下に挙げたようないくつかの分類上の問題点があります。

  • 各部の中で近似の書物が離れている
    例:思想である「道家」に宗教である「道教」の書物が混入したため、道家がほかの諸子から離れて、仏典である「釈家」の次に収められている
  • ジャンルが同じような書物が、違う場所に分かれて収められている
    例:音楽の書が「経部」には礼楽として、「子部」には芸術類としてそれぞれに収められている
  • 「小説」の意味が当時と現代では違っている(現代でいう小説の定義づけは四庫全書が編纂された後)
  • 当時収録を省かれた資料が、現在では重要な研究材料になっている
    例: 戯曲小説などの文献を収める分類が存在しない(学問に値しないため収集しないとされたため)...など

とはいえ、四部は現在でも漢籍を分類するための「基本的な分類方法」であることに変わりありません。日本でも内閣文庫(国立公文書館へ継承:リンク先はデジタルアーカイブ)や京都大学(リンク先は人文科学研究所人文情報学創新センター)、東京大学(リンク先は総合図書館漢籍目録)などのさまざまな機関で四部をもとにした分類方法が策定され、各機関が所蔵する貴重な漢籍を整理し利用者に提供するための手立てに使われています。

四庫全書を利用するには

一大叢書として膨大な巻数・資料を収めた四庫全書の中から、利用したい文献をいきなり開くことはかなり難しい作業です。四庫全書内にある目録・索引に該当する巻や提要・解題などを利用するとよいでしょう。

探すためのツールにはどのようなものがあるのか・どのように使うのかなどについては、「『四庫全書』と関連叢書の調べ方」(リサーチ・ナビ:国立国会図書館の調べ方案内)やレファレンスデスクでご案内しています。

 ※当館サイトの『レファレンスツールガイド : 四庫全書』は提供を停止しています。

参考文献(出版年順)