怪奇幻想私小説『石榴』付記


Fri 03-Dec-2010

中学校に通っていた頃のこと。 ある日,居間の卓の上にザクロの実が置かれていた。 来客からのいただきものらしい。 ザクロを間近で見たのはそれが初めてで, 油彩の静物画から抜け出てきたようなその造形を見て, 異世界を覗き込んだかのようなめまいを覚えた。 ザクロの果皮には時間を止める作用がある。 そんなことを思った。 別の日の朝,学校に行くため駅へ向かっていると, 公園のブランコに二人の若い男が座っていた。 大学生と思われるが,一人はうなだれ, もう一人が横で静かにそれを見つめている。 悩みがあるのか,酒に酔ったのか。 夜明け前,いや,夜中からそのままなのだろうか。 ザクロのようだ。ふと,そう思った。 日はすっかり昇っていて, 公園前の道を人々が足早に通り過ぎる。 彼らはじっと動かない。 夜の灯りに包まれていたはずのナイーヴな心が 果皮がはじけて中の果肉が露になるように 裸で朝の街角に放り出されている。 そのように思えた。 この『石榴』はそんな着想を下敷きにしたはずだが, その感覚をそのまま描いているわけではなく, ずいぶん遠いところへ行ってしまっている。 大学時代,友人が『SFマガジン』の懸賞に投稿する というので,つきあって書いてみた戯作なので, 少し衒いがあったのかもしれない。 ところで,人の情念・怨念,あるいは生殖や発生過程, 受精を目指す競争等,あれこれ意味を引き出せそうなのに 主人公がそんなことを考えもしないというモチーフは, 私小説だからというだけではなく,当時,「負の言語」 (何も伝えず,それどころか相手の持つ知識をも消し去る ような言語)などというものを夢想しながら, 「《意味のない=ナンセンス》よりも強烈な,  《意味を吸い取る》くらいのばかばかしいギャグ」 を追い求めていたことの現れかもしれないが, 作品自体は単に意味のない普通のナンセンスとなっている。
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