★ うわごと日記 ★
** 日付逆順 **
21-Aug-2005
朝の光が再びめぐってきた,ということだ。 よし。うたた寝,終了。
20-Aug-2005
事は,思っていたとおりに進んでいた。 あとのことは,またいつか,次の機会に考えましょう。 何はともあれ,もうこれでいつ死んでも大丈夫。 その日が来るまで,いましばらく,がんばろう。
19-Aug-2005
とりあえず,もう少し考えを巡らせてみることにするが, しかし,たぶん,しくみは整っているのだと思う。 あとはつなぎ方の問題か。
17-Aug-2005
ここのところ,よく泣くようになった。 双子の姉がムヒョクに心を開くシーンで涙腺が決壊したあと, 他愛ないことでもグッとくるようになった。 からからと笑ったり,はたまた怒ったり,というよりも効果的だと思う。 でも先のことはわからないな。 わからないので,とりあえず今日もまた泣いてみるとするか。
07-Jul-2005
午後になって,めまいも収まってきた。 そんなわけで,「舌平目のメニエル」というのを想像してみる。 大変そうに思われるが,意外に,わりと平気なのかもしれない。
04-Jul-2005
マン様の謎が解けた。ハマるかもしれない。
02-Jul-2005
タカラが竜の子プロを買収したそうだ。 ハクション大魔王とアクビちゃんのだっこちゃんや, おだてると木に登るブタさんのだっこちゃん等が続々と商品化されるのだろう。 いずれはガッチャマンのリカちゃんや実車版チョロQのマッハ号を発売してほしいが, とりあえず手始めは,タツノコマークのだっこちゃんだな。
28-Jun-2005
四十歳代の共通体験アイテムとして,『悪魔くん』や『怪奇大作戦』の 「とても怖かった回」がある。 テレビ版『悪魔くん』の「夜中におしっこ行けない級王者」は, 間違いなく,マネキン人形が夜中に歩き出す回であろう。 デパートの売り場や倉庫のマネキン人形の目が,不意に寄り目をしたかと思うと, 二つの目が溶け合って一つ目になり,やおら歩き出す。 凍りついた笑顔と「いっひっひっひ」というエコーの効いた声で襲いかかってくる。 そのお化けマネキンの吐く白い息をかぶると,自分もマネキンになってしまう。 とても怖い。 当時,一人でトイレに行けないだけでなく,デパートさえも怖がる子供が続出した。 それに対して,『怪奇大作戦』については一致を見ないかもしれないが, 私にとっては,生首が宙を舞う「散歩する首」という回が一番怖い。 ドラマでは,最後に,浮遊する生首のトリックが明かされるのだが, そんなことはおかまいなしに,恐怖感が残った。 夜,誰かのハイヒールの靴音が街角に響いたりすると, 「首のない胴体が,自分の首を捜して歩いてる!」と思えて震えていた。 それと前後して,現実にもバラバラ殺人事件があった。 女性の生首がどこかの河原で発見されたという一件である。 被害者は中国人だった。その名前まではっきり憶えている。 漢字表記や中国語読みはわからないが,「ウ・スイジュン」さんと言った。 しかし今となっては,Google等で検索しても,関連情報が見つからない。 その後にもっと奇怪・残虐な事件がいくらでもあるからか,あるいはいずれにせよ, 後世になっても繰り返し語られるような事件ではないということなのだろうが, 一方で『悪魔くん』も『怪奇大作戦』もしっかり語り継がれているなかで, 一つの社会的事件がこうも簡単に世の人の記憶から消えているのが,何だか楽しい。 人の心の宇宙,知識の宇宙って,こんなふうに流れるんだなあ,と思う。
27-Jun-2005
なまくび なまもげ あまざらし。
26-Jun-2005
鍋界では,技術伝承システムが十分に機能しておらず, 能力の低い「自称鍋奉行」が横行し,彼らが人々に疎まれることによって, ひいては鍋奉行者全体を貶めている。 この危機を打開するには,ソムリエやバリスタにならい, 鍋奉行者の資格認定事業を公的機関の手で早期に実施すべきである。 で,そのスキヤキ部門の資格をとると,「ワリスタ」になれるわけだ。
25-Jun-2005
2歳半まで,ニューヨークにいた。 その頃の記憶が,少しだけ残っている。 テレビで,劇場の客席を背景に,パーソナリティの白人男性が何かしゃべっている。 大写しになっている男性の両脇からは, 遠景の客席の人が,こちらを覗こうとしてひょこひょこと身を乗り出す。 よく考えると,それでは遠近感やら何やら,不合理なので,おそらく夢なのだろう。 あと,jam(渋滞)に巻き込まれた自家用車の中でオシッコを我慢できなくなり, 両親に,車の床に転がるコカコーラのビンを使って用を足すように指示された。 そんな一幕を憶えている。これは,夢か実際か,よくわからない。 日本への帰国後については,だいぶ記憶が多くなる。 親戚と箱根に行った時のこと,帰国後まもなく亡くなった塩釜の祖父のこと。 後者について,記憶では,遺体のあごひげが30cmくらいに長く伸びていたが, 昔の写真を見ても,祖父があごひげをたくわえていた節はないので,これも夢なのか。 それから,母方の祖父母の家を初めて訪ねたとき,靴をぬいであがるのを嫌がった, という逸話があるのだが,そのときの,玄関の上がり口の高さが記憶にある。 あと,おもしろいのは,3歳になる頃に東村山市本町1丁目に移り住んだのだが, 東村山の家の近所の大衆食堂(府中街道沿い,平和塔公園の脇にあった平和食堂)と, ニューヨークのスーパーマーケットのイメージが混じった夢を覚えている。 クラフト紙の大きな買い物袋を抱えた父が,平和食堂の横の扉から出てくるのを, 車の中で待っている。 当時,買い物はほとんど街の商店街や商店街の一角の小さなスーパーだったし, 第一,日本では家に自家用車がなかったので,明らかに米国の記憶が混入している。 東村山に引っ越す前,基礎工事だけ済んだ段階の家を見に行った記憶もある。 ほぼ3歳になっていた頃なので,このあたりは現実の記憶だろう。 しかし,それ以外は,実のところ,いつの記憶かわからない。 あれらは,だいぶ後から見た夢なのかもしれない。 ちなみに,5歳頃に,もっと幼い頃のことを思い出していたときの記憶もある。 どんなことを思い出していたか,ということは今は憶えておらず, ただ昔を思い返している時の脳裡の感触だけを憶えているのである。 人の時間って,おもしろいな。
24-Jun-2005
このところ,記憶に残るような夢を見ない。うわごともなくなったようだ。 かわりに,転落する夢を2度,見た。 どこから,ということがなく,いきなり闇の虚空にいて,いきなり墜ちるのだ。 とても怖い。びくっとして,すぐに起きる。(一度は,悲鳴をあげたそうだ) そういえば,これまで,空を飛翔する夢を見たことがない。 ただ,だいぶ前だが,不自然に高く跳躍する夢を何度か見たことがある。 膝に力を入れてはずみをつけると,ぐいっと20〜30mほどの高さまで上がるのだ。 舞台はいつもビル街で,時折,そのへんの低いビルの屋上に降りたりする。 誰かに追われるという設定の回もあったように思うが,基本的には,淡々と, 単に足を高く挙げて歩くのと同じような具合に,ぴょーんぴょーんと跳ぶのである。
23-Jun-2005
研究棟6階の冷蔵庫に,なぜ「ねりからし」のチューブが?
21-Jun-2005
まじめな話,冬の京都には思い出がある。 中学生の時,友人のユースホステルの予約をもらい受けて,一人で泊まり歩いた。 友人のかわりに,友人の計画のままに,北山から始め,嵯峨野,大原などを回った。 北山のユースでは,大学生と間違われた。(まあ,背も高かったし,老けてたし) 夜のミーティングの時のことで,私を大学生と勘違いした女性は, 北山杉を見に来た,と言っていた。 ああ,そうだ。 行きがけは,何年かぶりの大雪のため新幹線のダイヤが乱れ,予約した列車が運休し, 指定券を取っていたのに立ちんぼの3時間だった。 京都駅を出たところで,宗教か政治団体の勧誘につかまったなあ。 それも大学生と間違われたのだった。 寄付を求められたので50円玉を渡したように思う。 話を聞きながら見上げた,夕暮れの京都タワーが記憶に残る。 あの頃は金閣に興味を持つことができず,銀閣を長い時間見ていたなあ。 哲学の小径はちょっとがっかりしたが,小川を流れる水の美しさには魅入られた。 嵯峨野では,大覚寺の近くの大沢池が凍結していて,氷の上を散策した。 あとは,とあるお寺で抹茶をいただいたり,雪の河原を歩いたり。 でも,もうほとんどの記憶を失ったなあ。 それより何より,あの友人とは,もう20年以上も音信がない。 中高一貫校で一緒に高校に進学したのだが,高校1年生になるや,突然退学し, 一人でアメリカに移住したのだった。 しばらくは手紙のやりとりがあった。 法に触れる薬を手紙の間にぱらぱら入れて送ってくれたこともあるなあ。 残念ながら,使用できる程の量ではなかったが。 その後,彼が一時帰国した際に会って,それきりだ。 どうしているんだろうなあ。生きているのかなあ。
20-Jun-2005
かと思うと,研究棟1階の廊下をトカゲくんがちょろちょろ歩いていた。 のんびりした様子で,とくに天変地異の予兆というわけでもないようだ。
19-Jun-2005
しばらく乗らなかった車に,1匹のヤモリが棲みついていた。
15-Jun-2005
想像してごらん。--- 美脚の飛脚。
14-Jun-2005
羊皮紙は,羊や山羊に紙を食べさせて作る。 その際,上質の紙を与えて育てれば,きめの細かな良質の羊皮紙原料を採取できる。 従来,和紙など,パルプを用いない古式の紙が最高だとされて来たが, 最近は,ケナフ紙が注目を集めている。 加工前の乾燥ケナフを与えて育てる実験も進んでいるが,現在の飼養技術では, 品質が安定しないという難点が残る。 羊皮紙は,刈り取った毛を石臼で細かく挽き,母乳から採った乳清に溶かして よく攪拌したもの(皮乳と呼ばれる)が原料となる。 その後の工程は東洋の伝統的な製紙と大差ないから,皮乳の質が鍵を握る。 飼料となる紙の質は,まず体毛の「繊細さ」に関係する。 臼で挽いたときに毛の繊維がどれだけ断片化するか,という問題である。 もちろん,飼料紙の繊維質が細かければよいというわけではない。 要は羊や山羊の体に丈夫な毛が生えなければよいわけで,そのためには 原料植物が養毛成分を含まないか,あるいは熱や薬品で簡単に壊れることが重要だ。 パルプ紙がよくないのは,一般に,安定化した養毛成分が多量に含まれるからである。 次に,乳清には,皮乳の中の微細な繊維片を結合させ,均質な網目を作る成分がある。 この構網成分は,ホルモン分泌のバランスが安定するほど,多く生成される。 簡単にいえば,上質の飼料紙を与えれば母体が健康になり,よい乳清ができる, というわけだ。 ただ,実際は,どの紙質がよいのか,個体差や季節差もあり,一定しない。 しかも,紙選びもさることながら,食べさせる際の混合比率や順序をどうするか, 長年の経験とカンによる微妙な制御が必要となる。 羊皮紙産業の近代化が進んでもなお,職人的な技芸の領域と見なされるのは, こうした事情があるからである。
13-Jun-2005
日本三景は,「春ならば天の橋立」に始まり,「夏の松島」「秋の宮島」と続く。 冬が入っていないのは,当然ながら「冬は京」という暗黙の了解があるためで, これは,前提知識の作用を説明する際,好例としてよく引き合いに出される。 もっとも,各地の小京都を認定する全国京都会議の基準には,「冬の景観」は 含まれない。 これは一般に,高知県や鹿児島県など,雪の少ない地域への配慮だと理解されるが, そこに,大京都(本来の京都)と小京都の間に違いを残すことによって差別化を図る という思惑はないだろうか。 いや,まさかそのようなことはないのだろうが,そんな勘ぐりをしてしまうほど, 京の冬は素晴らしいのである。 私のお気に入りは,深い雪の中から燃え立つ大文字送り火だが, 単に古びた伝統家屋と化した銀閣,単なる雪国の裏路地にすぎない哲学の小径など, 冬ならではの魅力は数知れない。 ああ,京都タワーがうっすら雪化粧をする季節が今から待ち遠しい。
12-Jun-2005
アスファルト男の出演作の一つに,「アスファルト 我が故郷」がある。 私は未見だが,驚異の怪物の秘密が明かされているに違いない。 早期のDVD化が望まれる。(1991年,KBS制作)
11-Jun-2005
ろれつ幕なし: ラップ・ミュージックのこと。
10-Jun-2005
よもぎは昔,「夜麦」と書いて,雑穀の一種として扱われていた。 いまでは,よもぎ餅をこしらえたりするために若いうちに葉を摘み取ってしまうが, 刈り取らずに育てると,梅雨明けの頃に穂が出て,七月末から八月にかけて黄熟し, 早ければ旧盆前には収穫が可能となる。 脱穀・精製した穀粒は,形や大きさが燕麦に似ている。味は米・麦には及ばないが, ヒエやアワよりも食べやすい。 また,種々の薬効があり,とくにシオネールを含むため,香りのよさも特筆できる。 もみ殻やぬかも同様の薬効成分と香りを持つため,化粧品や日用品に広く使われる。 よもぎ1合に対し米4合の割合で混ぜて炊いた「よもぎ飯」は,夏の暑さに疲れた体, とりわけ内臓によいとされ,薬膳料理に添えられるほか,盆のお供えに用いる地方もある。 という夢を見たが,その際,「ヨモギって,麦なんだ!」と叫んだりしていたらしい。
09-Jun-2005
かひはらの をはりの みつの さらしなし けに さぬころく まめつほ たかね 【解説】 をはり:尾張國(愛知県西部地方)のこと。 かひはら:カピバラ(南米大陸の湿地に棲む大型のネズミ)に由来する枕詞。 「尾張」に冠して用いる。一帯に潟や湿地が多いからか。(異説あり) みつ:水。ここでは,その地域の風土的特性を指す。 みつの さらしなし:蕎麦切りには向かない風土である意。 けに:「げに」 まことに。実際に。 さぬころ:尾張地方で一般的な冷たいうどん(ころうどん)のこと。 さぬころし:(うまい蕎麦がないことに加え)こしの強い良質のうどんもなく, 汁のぬるいころうどんしか食べられないので,死にたくなるほど辛い。 まめつほ:「豆壷」から転じて,尾張地方で一般的な赤味噌(豆味噌)を指す。 たかね:高根の山。尾張國山田郡瀬戸村の近く,本地ヶ原を望む小高い山。 この場合は「豆壷だがね」と続けて読み,色の濃い赤出し味噌で作る 煮込みうどんの壮絶な印象とそれを生み出した風土を揶揄したものか。
08-Jun-2005
「でーたらぼっちの嫁取り」以来,題名のついた夢をよく見るようになった。 東北地方の山間部へ調査旅行に出かけた時のことである。 運良く,ある年老いた猟師と出会い,聞き取りを行なうことができた。 その老人の家を訪ねたのは,晩秋の,ちょうど初雪の日である。 遅い初雪だったが,そのまま夕刻まで降り積もり,低い軒先は半分まで雪に埋もれていた。 中に通される。いまさらながら,囲炉裏の威力を思い知らされる。 酒を勧められ,拙い歌まで披露していると,口下手な老人が少しずつ物語を紡ぎはじめた。 そのうちに老人は,若い頃にマタギ仲間から聞いたという話を聞かせてくれた。 --- 「マタギからの又聞き」。夢は,そこで途切れた。 幼い頃,韓国からオーストラリアへ養子に出された男性が, 生みの親に会うために,ソウルを訪れた。 わずかな手がかりをたどって血縁を探すうちに,彼は自らの出生の秘密を知ることになる。 あろうことか,彼の実父は,オーストラリア先住民だったのだ。 --- 「アボジはアボリジニ」。 後悔の日々である。
06-Jun-2005
「アスファルトの男」って,よく考えると,昔の少年雑誌の猟奇小説みたいだ。 アスファルト男の岩のごとき胸板は,鉄球を投げ当てても砕けることなく, わずかに歪んだかと思うと,ほどなく原状に復するのである。 流す血はどす黒くねっとりとしており,触れる者があれば粘力によりからめ取られ, さらにその高熱が獲物を蒸し焼きにする。 人跡のない荒野の男の棲み家の傍らにはタールトラップがあって, なかで獲物たちが保存食糧として生殺しのまま眠っており, ときに目覚めた獲物のうめき声が風にのって,何里も離れた村まで響くという。 それで近隣の村人は怖れて近づかない。 しかしある日,一人の探偵が,神隠しの少女の謎を解くためにこの地にやってきた。 探偵は静かに,しかし着実な足取りでアスファルト男の領地を進軍する。 ふと,凄まじいまでの殺気を感じ,探偵は凍りついたように立ち止まる。 や。草蔭から,おそろしい形相の大男が。 そう。アスファルト男が現れたのだ。 男は,その巨体をものともせず,むささびのように飛びかかる。 機敏な探偵の構えた銃が火を吹く。 ダ、ダーン。 「む。」 その低い声と鈍い地響きに,銃弾の手応えを確信する。 そして探偵は,戦果を確かめようと歩を進める。 その時である。 「や。これはどうしたことか」 右の足。左の足。強力な磁石に引きつけられたかのように動かない。 足もとを見れば,黒い液体がひたひたと流れ来て,くるぶしのあたりまで浸している。 だが,これはただの泥水ではない。 そう。男の血のタールが探偵の足を固めあげたのだ。 そこへ,むくりと起き上がって近づく影。 「ややっ。」 抵抗も虚しく,アスファルト男が拳銃を奪い取る。 依然,探偵の足は動かない。 間髪なく,襲いかかるアスファルト男。 あゝ,万事休す。 --- 絶体絶命の探偵の運命や如何に! 不死身のアスファルト男は倒せるのか! それはそうと,行方不明の少女はどうしたのか! 謎が謎を呼ぶ。待て,次号。 【怪奇アスファルト男 第1話・了】
04-Jun-2005
おだやかな朝。薄い雲が空を覆い,白い光が街を包んでいる。 職場の窓から外を見ると,眼下の建物の屋上に2羽のカラスがいた。 1羽の近くに,何か小さな白いものがある。 くちばしを近づけたが,口には入れない。食べ物ではなかったのか。 ふと,もう1羽が歩いてくる。 顔を寄せ合ったあと,2羽は場所を交代し, もう1羽の方が白いものを口に入れた。やはり,食べ物だったらしい。 最初のカラスは,屋根の縁にとまって,周囲を見回している。 もう1羽は,屋上で食糧を探しつづけた。 つがいかなあ。親子かなあ。
31-May-2005
魚偏に弱いと書いて,「いわし」と読む。 人偏に弱いと書いて,「いやし」と読む。 鰯が安価だった頃には,肥やしになった。 癒しが安価になっても,壊れた卵は孵らない。 それにしても,沖縄県石川市と具志川市の合併自治体の名が 「ぐゎ市」にならなかったのが残念でならない。
29-May-2005
世のブームに促され,書架の隅からレッサーパンダの写真集を掘り出す。 これほど完璧な動物はいない。 アライグマはちょっと似ているが,その野性が怖い。 ペンギンはどこまでも可愛いのに,目だけは何だか怖い。 ジャイアントパンダも目が怖いし,その前に声がヘンだ。 ヤマネの冬眠姿を写真で見ると,丸まま食べてしまいたくなるほど可愛いが, まさにそれゆえに,あまりに切ない。 タヌキも,そのおびえる様を見ていると辛くなる。 総じて,どの種も,何か一つは欠点がある。 それにひきかえ,レッサーパンダは,口もとが可愛いくせに,目も可愛い。 鳴き声は「ひよひよ,ひらひら」だし,食べるものがまたいい。 飼育係さんによく甘えるのも,すばらしい。 テレビで,「パンダはどのくらい賢いのでしょうか。さあ,実験しましょう」と, アクリルの管に好物を入れて,どうやってとろうとするか見ようとしたら, いきなりカメラマンの傍らの飼育係のふとももに抱きつき, 見上げて,「あれ,とって」とばかりに甘えたのだ。 別の番組では,ネパールかどこかの山里をほかの目的で訪ねた撮影隊が, ふと山道に目をやるとパンダが歩いているのを見つけ,カメラを向けた。 パンダは1頭で,人や車も通るような道をのんびりと,おしりふりながら山奥の方へ去った。 カメラに気付いていないのかもしれないが,ともかくカメラや人におびえていなかった。 という以前に,岩合氏のような専門家が探したり追いかけたりしたわけではないのに, さりげなくそのへんにいたこと。 パンダの後ろ姿のみならず,そのようなことすべてが愛らしい。
28-May-2005
自分と同じ年齢層の男によるものとは思われないような所業を見る。 いや,事は年齢性別の次元ではない。これは神か。 しかしそれをなした主体は,最後に,この上なく人間的な人間へと返った。 その後,それを語る言葉は脳裡に滔々と湧出したが, やがてあふれて堤を決壊させ,すべて流れ去った。 熾火のような,何か名状しがたいものが魂のなかに残った。
26-May-2005
どうやらドラゴンズは,交流戦とオープン戦とを取り違えているらしい。
24-May-2005
情報量の多い夢。 旅行中に奥さんと別行動をとり,彼女のほしがっている綺麗なビンの香水を買いにいくのだが, 店で出されたものが記憶しているイメージと違うので,店員といろいろ探すのだった。 店員は,スイス旅行の最後で面倒見てくれた,日本語堪能なフランス系のガイドに似る。 買った香水には,職人さんが名前を彫り込んでくれる。 その間,時間つぶしに散歩することになって, 店の裏手の急坂の底にあるビルの谷間の暗い踏切を通り越し, 駅向こうの小川に沿った田舎道に出て,森のはずれにある教会を訪ねた。 その途中で,いいアングルがあったので立ち止まって写真を撮ったりと, まあ忙しい夢だった。
23-May-2005
クローン羊のドーリーが量産化されるという夢を見た。 気が向くとそのへんで自分を折り畳んで座布団みたいになって寝るので, うっかり上に座ってしまい,むくっと起き上がる羊に驚くことになる。 目が覚めたあとも,撫でた感触が手に残っていた。
22-May-2005
ハムスターの捕獲方法を夢の中でいろいろ考えていたことまでは憶えている。 その間,寝言で「ハム取り紙を買ってきた」と報告したりしていたらしい。 われながら,幸せな眠り方だと思う。
20-May-2005
アンデスでの雪中訓練中の事故の報道で,日本人は一斉に同じ連想をしたことだろう。 それで思ったのだが,国語の教師は,誰しも一度は,試験問題で 問 作品名と作者名が正しく対応しているものに○,誤っているものに×をつけなさい。 1.『強力伝』 - ゴーリキー という誘惑にかられるに違いない。
19-May-2005
韓国ドラマや韓国映画に魅了され,韓国語の勉強に励み, 日常の食事にエゴマやコチュジャンを使うようにまでなった状態を 「朝鮮漬けの日々」と呼んだ前例がネット上に少ないことに驚く。 ありがちな表現のわりにネット上に見られない原因はいくつも推測できるが, 主としてネットワーク利用習慣の定着していない年齢・性別群に好まれる表現 ということなのだろう。平たく言えば,おやじギャグというわけである。
17-May-2005
築炉業という業界があることを知った。 さっそく検索エンジンで調べてみる。 「佐藤築炉」という会社が,岩手県と埼玉県に実在する。 そのうち,岩手県の会社は,女性社長のもと,15名の社員が日夜奮闘している。 「武藤築炉」もある。競争の激しい川崎市内で堅実に営業を続けている。 ちょっと嬉しい。 若人よ。三ツ矢サイダーのラベルに「全糖」と印字されていた昔を知るや。
12-May-2005
「でーだらぼっちの嫁取り」という夢を見た。 でーだらぼっちは,結婚なんか到底できないと頭では諦めながら, でも結婚したくていつもぐずぐずしていたのだが, ある大学生に励まされ,お嫁さん探しの旅に出る。 一方,やがてでーだらぼっちと結婚することになる女性は, 名家のお嬢様だが,婚約者に突然の別れを告げられ,傷心の旅に出た。 その旅先で,でーだらぼっちと出会うのである。 そして,その朴訥さ,優しさにいずれ惹かれていく。 そのお嬢様の元婚約者というのは,実は,かの大学生であった。 その大学生は,二人をそれぞれ後押しし, 二人を結びつけることに蔭ながら貢献するのであった。 なんでこんな夢を見たのか,だいたいわかる気がするが, 今はとりあえずそっとしておこう。
11-May-2005
3月末から入院した。人生はじめての入院生活だった。 退院後も仕事を減らしていただいて,療養を続けている。 入院中に,はからずも結石が見つかり, 数日間,断続的に悶絶状態になったりした。 石はその後体外に流出したようだが, もともとの病気の方はどうも長期戦を強いられそうな気配である。 以前は,1日に何十通というメールを平気でやりとりしていたが, (加えて100通以上のSPAMを毎日処理していたが) 今はemailを書くことが困難になっている。 諸般の対応が著しく遅れ,迷惑をふりまいている。
06-Mar-2005
アンドレ・キムが夢に出てきた。
21-Feb-2005
ドラマ「メリーゴーランド」から,往年の深夜番組「グッドモーニング」を思い起こす。 この連想経路の追跡は,さすがに困難が伴うが, 怪物ランドの「ウソップランド」が途中にある,と聞けばうなずく人もいるに違いない。
20-Feb-2005
ソジソプとパククァンヒョンを間違えるのは自分だけではないと知って安心した。
18-Feb-2005
「漢江水打令」を「漢江水打節」と書いている人がいて, 「令」が翻訳ソフトで「領」と変換され,さらにOCRで「節」に化けたのだろう と推測しつつ,「スーダラ節みたいだ」と思ったりしていたが, 「打令」は「安来節」などの「節」にあたるそうなので,さほどおかしくはないようだ。 それでも,上記を原語に戻すと「漢江水打打令」になるという問題は残るが, 当初,「戒厳令みたいなものかな」と思って, 漢江で不審船を取り締まるパトロール隊の物語を期待していた時よりは進展した。
16-Feb-2005
セブンイレブンの「8品目の白菜たまり漬」は麻薬である。
15-Feb-2005
現代の大学において学問論は,不毛である以前に不可能となったようだ。 たとえば「情報学について論じなさい」という設問は,多くの学生の脳裡で 「情報について論じなさい」と変換される。 さらに,「情報」とは「情報機器」ないし「情報技術」のことであるから, 携帯電話やネット犯罪など,情報化社会の現状や問題に関する事象が答案を彩る。 そこでは,対象と主体の区別は消滅している。 見る者が見られるものに合一する幸福な世界を若者たちは手にしたのか。 その世界において私は,もはや,古戦場をさまよう亡霊なのであろうか。
14-Feb-2005
今年度の試験採点から学んだこと: (1) 「科学」と書いて「ぎじゅつ」と読む。 (2) 「原色文献」の存在。
08-Feb-2005
一人多いのが気になっている。 若い3人と年取った3人に分けて考えるべきなのだろうか。 それとも,二つのグループ「神」と「Hwa」が合体したものなのか。 しかし,それだと,もう一人必要である。困った。
07-Feb-2005
正月に風邪をひいた際,夜中にずいぶんおかしなことを言っていたという。 高熱の出たときはいつもそうらしい。(自覚はない) 以前には,「おしり行列」という言葉を生み出している。 今回は,「原稿用紙で×枚」と指定されたときのワープロの書式設定について 長時間語っていたそうである。 その後,「発熱マニアとしては,これからまだ熱があがることがわかるんだ」 と,力説したらしい。 発熱マニア? ・・・
02-Feb-2005
エリックが中居君に相当することは理解したが,まだ,あと5人もいる。
26-Jan-2005
Grand Funk Subwayというのはどうだろう。優美で知的だと思う。 しかし,Grand Funk Busのシンプルな力強さも捨てがたい。
12-Jan-2005
ネットでphewの曲をダウンロードできるとは。 Aunt SallyがCD化されているというのも嬉しい。
11-Jan-2005
ブラックジョーク ・・・ プリウスの運転席から吸い殻を投げ捨てた男。 パーティジョーク ・・・ 若葉マークのセルシオ。