台湾紀行98番外編:ギリシャ紀行1999
1999年3月に,ギリシャ旅行をしてきました。
アテネとサントリーニ島をめぐり,遺跡や博物館を堪能しましたが,最も印象的だったのは,昨年旅行した台湾との類似性です。住民の大多数が体がでかくてコワモテの白人(つまり,いわゆるガイジンさん)なのに,なんだかアジアなかんじがしました。トルコを憎みながらも食文化等で思いきり影響受けていたり,かっこいい兄ちゃんが乗っている車の音楽がなかなかアジアン・テイストの音楽(ギリシャのですけどね)だったり。それよりなにより,猥雑な下町の雰囲気が似ていました。なんなのでしょうね。
車道の印象も台湾とすごく似ています。狭い道をせこせこと無理矢理走りまくる運転様式は,南ヨーロッパに共通のものでもあるのでしょうが,ともかく,台湾とおなじ恐怖を感じました。
また,みなさんむやみやたらにクラクションを鳴らすようですが,鳴らす方もさほど怒っているわけではなく,鳴らされても気にするわけでもなく,なんだか,「よぉ,ディミトリ,調子どうだい?」なんて具合いに挨拶したり会話したりしながら流しているような風情です。そういえば当地の挨拶は,比較的派手ですね。町中で男同士でよく抱き合っていました。
さて,ギリシャは古い車の宝庫でした。米国の車は7日ほどの滞在中に2〜3台みた程度で,概ね,西欧,日本,韓国,および少数の東欧の車で埋め尽くされていました。で,それらの年代レンジがだいたい30年ほど前から現在までにわたっています。
目撃順に並べます。
セリカ(ダルマ),マーチ,カローラ(20以降;カリブみたいな丸目2灯の顔したモデルもあった),サニー(B210,B110,B10;クーペ各種),ブルーバード(610,810,910),ダットサントラック(520,620),バイオレット(710),ファミリアプレスト,ルーチェ(初代),パブリカバン(2代目),70年代初頭くらいのハイラックス(スタウト?),ケンメリのスカイライン,ランサー(初代),チェリーF2(セダン,クーペ),ルーチェ(2代目),初代セドリック(!;ただしタテ目ではない),クラウン(くじら)など。
軽自動車は初代アルト以降の時代のスズキやスバルを見ましたが,その前のもあったかもしれません。サニーはB310もいたように思います。まだメモ帳に書き洩らしたものもありますし,ほかにももっとレアな車がギリシャには走っているのではないかと思います。
ともかく,70年代の日本車が好きな私としては,タクシーやバスの車窓から見える車に狂喜しつづけでした。中でもなぜかカローラ30(1974年〜)が妙に多く,3ドアや5ドアなど各種元気に走っていました。
個人的には,ブルU(610)を見て泣けました。
全体としては,マーチ(マイクラ)が多いかなあ,というくらいで,日本・欧州車ひっくるめて,何が特別に多いということがありません。時代と原産地の両軸の方向にきわめて広く広がったレンジに車が分散しているかんじです。となりと違う車を持つことに価値を見いだしているのでしょうか。
台湾と似ていると書きましたが,ナンバープレートのない車の走っている比率が似ているくらいで,実はそう共通してはいないのかもしれません。実際,台湾はぼこぼこの車が多く,古い車があまり走っていなかったから,平均寿命は短いと思います。ギリシャも運転は乱暴だし,ぼこぼこの車もいるにはいますが,相対的に大事にはされているのでしょう。
車の話ばかりになってしまいました。思い出に残ったのはまだまだあります。
アテネの街じゅうにさりげなくある遺跡群。パルテノン神殿は,タバコに寛容な国柄のためか吸い殻の山があちこちにありました。ローマのフォロ・ロマーノの空気がとてもよかったのですが,アゴラも同様の空気を感じました。
遺跡や博物館で見られる彫刻類も,筋肉や骨格,顔の表情などの描写に素直に感嘆。若い女性の昼寝を描いたものは,肌の柔らかさやかすかな寝息まで伝わってくるようで驚きました(ちょっと親爺がかった評かなあ)。
いろいろ忙しくて,町中をゆっくり散策することはできませんでした。夜はちょっと怖いし。スーパーマーケットも,閉店直前の店でオリーブ漬けなどを買い込んだくらいで,あまりゆっくりできませんでした。
なにひとつ読めない本が大量にある本屋さんでは,図版の多い本や絵本を購入。
やはりどれが何かわからないCDが大量にあるレコード屋さんでは,ジャケットを見て適当に買いあさった。帰国して聞いてみると,どれも当たりだった(ちなみに,台湾では,ハズレをいっぱい買ってしまった)。なお,上記のように,かっこいい系統の兄ちゃんでも,アメリカ方面のうるさい音楽ではなく,当地のエスニック系音楽を車でじゃんじゃんかけているのが印象的でした。つまり,バラエティがなくてみんな一緒の音楽ばかりの国なので,ハズレがないということなのでしょう。
肉市場も怖い思いをしながら通りました。羊の頭がいっぱいころがってました。そのそばにあるピタ屋さんでは,うちの奥さんが現地の人にはさまれながら買ってきて,街かどで食べました。それが1週間の滞在でいちばんおいしかった食事でした。
そのとき(食べているとき),日本に何度も行ったことがあるというおじさんに声かけられました。名古屋から来たというと,「一宮行ったことがあるよ」とか返してきたので,本当に何度も来日した親日家のようでした。
そうそう,わけもわからずに中距離バスに乗ってエーゲ海の夕日を見にいったり,多少の失敗を経験しながら楽しむという学生の卒業旅行のようなこともしました。といっても,よくわからない場所でバスをおりてしまったときは本当に途方に暮れたのですが。次のバスがいつどこに行くのかもわからず,タクシーに乗ろうにも怖いし,キオスクでおばちゃんに道聞いても英語がまったく通じず,...。結局最終的にはタクシーに乗りました。料金は良心的でした(だと思う)。目的地(スーニオン岬)からのバスは理解できたので,無事に乗ることができました(しかもエーゲ海の夕日を見ながらのバス旅行になりました)。
で,バスから見える風景がまた台湾に似ているんだよなあ。なんなんでしょうね。荒涼としたところも多くて地形もぜんぜん違うのに。
この旅行のハイライトはサントリーニ島でした。ちょうどハイシーズン寸前で,建物の壁に白や青のペンキを塗ったり直したり,ゆっくりとディスプレーを整えたりと,「さあ,これから儲けるぞ!」というワクワク感でいっぱいでした。ほどほどに閑散としていて,ほどほどに賑やかで,とてもよい時期に行ったのかもしれません。本当に混雑している状態も経験したかったのですけどね。
陶器のねずみなどの土産物もいっぱい買いましたが,あまりこの島と関係ないドイツの工芸品(太い針金やボルトやナットを組合わせた人形;Hinz & Kunstとかいう銘がある)がいちばん高い買い物でした。
このあたりの島は猫が多いことで有名ですが(船乗りが往来していたせいでしょね),ここもうじゃうじゃいました。段々になった住宅で佇む風情は絵になりすぎます。犬も多かったけど,犬猫が多くて皆幸せそう,というのは,豊かな証拠だと思います。
バスやタクシーで島内をめぐりました。空気が綺麗で水が綺麗(藻類かなにか,海中の生きものが少ないという話ですね)なので,夕焼けも海それ自体も,事前に聞いていたのの5000倍くらいすばらしいものでした。素人写真なのにプロのような撮影が出来たというのは,被写体のすばらしさを物語っていると思います。本当に夢のような場所です。
島内の遺跡もいくつかまわりました。マイペースで遺跡をまわるのは,至福の時間です。とくに古代ティラは,徒歩で山登りして訪ねました。麓の静かな村落から,山羊の声を遠くに聞きながらぽれぽれ登りました。強い風に吹かれながら,道端の草花と遠景のエーゲ海を楽しみながら。いやあ,なんという時間を過ごしたのだろう。
昼下がりには,町中の店で買ってきたチーズとパンとオレンジを食べながら,田園地帯をぽれぽれと散歩したのもとても楽しかった。(真相は,ケーブルカーの乗場を捜して迷ってしまったということなのですが,開き直って散策に切り替えました)
行きがけの飛行機では,行き当たりばったりゆったり旅行の男子大学生二人組と一緒になりました。自分も若い頃にああいう旅行がしたかったなあ,ああいう旅行のできるような普通の生活をしたら人生違っていたかもなあ,などと思ったりしました。名前も大学名も何も聞きませんでしたが,とても印象的な人々でした。
ギリシャのテレフォンカードは,使いさしのまま持って帰ってきました。もったいないので,近いうちにもう一度行かなければなりません。困ったなあ。
copyright (c) 1999 by Tomohide H. Muranushi