喫茶カトレア「センター店」のこと
午前中は,なじみの喫茶店で過ごすことにしている。
10時に入店し,軽食の付いたモーニングセットを頼んだあと,コーヒーをおかわりし,昼時の混雑の始まる前に店を出る。
コーヒー1杯ごとに1時間居座る,というのがこの世界の(ボクら喫茶店を渡り歩く旅人たちの)ルールだからだ。
今週からしばらくその店が閉店することになった。
気分転換に改装するとか。
ちょっとした改装でも居心地にすぐつながるし,毎日の習慣が変わることもボクらにとってはつらいのだが,まあしかたない。
たまにはこちらも気分転換をしてみることにした。
気分転換,という意識があるせいか,いつも目に入らないものが見えてくる。
道すがらに,写真館が二つあることに気づいた。一つは昔から知っている(ボクも受験のための写真をとってもらったことがある)が,もう1軒,子供に狙いを定めて貸衣装を揃えた写真館が出来たのだな。その二つ隣は,愛玩犬ばかり扱うペットショップ。
どちらかといえば,目に入れたくなかったのかもしれない。
同じような事情で,いつも足早に通り過ぎていたショッピングセンターに,喫茶店がいくつかあることもわかった。
ほかにあてもないし,寄ってみるか。
1階の奥に,喫茶カトレア。内装が小綺麗なことが気になるが,名前は,「基準」に当てはまる。とりあえず今日はここに入ってみよう。
入店してみると,一人しかいない店員が,忙しそうに走り回っていた。
若い店員だ。しかも女性。
「基準」からすれば問題外だが,一度入店したらコーヒー1杯は付き合うというのがボクらの礼儀。すぐ店を出るつもりで,冷たいコーヒーを頼んだ。
その店員,また危なかっかしい。いや,騒がしい。
そこそこ客が入っているところで,一人で厨房もフロアも会計もやらなければならないから,ひどく忙しいのだが,たぶんとても不器用で,砂糖やクリームを出し忘れる,おつりを間違える,といった具合に「ごめんなさい」の連続なのは序の口で,ボクが入店して10分の間に,厨房で2回,食器を破壊している。(ガチャンと音がしたのが2回,ということで,どうも1回につき何枚か割っている様子だ)
最近流行っている生木がインテリアに使われているが,何を思ったか,太くねじれた銀杏の古木を採用していて,それが狭い店内の動線をひどく邪魔している。彼女も案の定,何度も枝や幹にぶつかり,3回はうまく避けきれずにバランスを崩した。
もっとも,そのわりに,本人の怪我にはつながっていないので,ある意味,とても器用とも言える。
それにしても,落ち着かないにも程があるので,結局1時間10分ほど滞在して,店を出た。(端数の10分は,レジスターの調子がおかしくて,会計に手間取ったため)
翌日,今度は2階の店に入ろうと思ったが,ふと昨日の店をのぞくと,一転,客が誰もいない。客が少なければ少しは落ち着くかもしれない,と思い直し,今日もここにすることにした。
店員はこの日も彼女一人で,奥に座って小さな本を膝の上で開いていた。
ボクに気づくと,慌てて立とうとして本を取り落としそうになったので,「急がなくていいから」と手で合図して,彼女がいた場所から厨房をはさんで対になる左隅の席に座った。あまり厨房から離れると,「事故」が続発すると思ったからだ。
トーストとサラダのついたモーニングセットを用意すると,彼女はまた座って本を読み始めた。
客足は途絶えたまま。掛け時計の音,それから本のページをめくる音が時々聞こえる。こんな空気は,悪くない。
結局,この日は,客が入り始める11時半まで店に落ち着いてしまい,翌日も何だか引き込まれるように来てしまった。
最初,一人だけ年配の客がいたが,ほどなく彼が帰ると,また昨日と同じ空気が戻ってきた。
悪くない。
どうも,最初の日が例外のようで,いつもはこんな店なのかもしれない。いや,曜日の関係か。ボクらの職業は,人の気配に敏感なくせに,世情に疎いことを勲章のように誇る癖がある。何か,ボクらにはわからない事情で,人の流れが出来ているのだな。
ああ,そんなことはどちらでもいい。またあのようなことがあれば,すぐ店を出ればいい。そう思って,また翌日も,その店に足が向いた。
はじめて気づいたが,看板と別に,入り口のガラス扉には「センター店」と大書きされている。この町にカトレアなんて店はほかにないから,付近の町に本店があるのか,それとももっと大きなチェーン店なのか。どちらにしても,ショッピングセンターにあるから「センター店」ということに違いない。
それがわかって,ちょっとげんなりする。
まあしかし,行動を変えるほどの因子でもない。
次の日,出版社まで出向く用事があった。
会社までの道すがら,カトレアという看板が目に入ったので,編集者との打ち合わせをその店に決める。
入ってみると,あのカトレアとは趣が違い,落ち着いた内装のオーソドックスな喫茶店だった。
しかし,「喫茶カトレア」は,ここを本店とするチェーン店だそうで,伝票の裏を見ると,支店の名前が並んでいた。「春日センター店」の文字もある。ボクが行ったのはここのようだ。
会計のとき,編集が領収書をもらっている間に,入り口にあったチェーン店ガイドというチラシを手にとる。
そのリストでは,春日センター店に消し線が引いてある。
出がけに店主に聞いてみると,「センター店は,昨年閉店したんですよ」とのこと。
何だか気になって,誰かそのままの名前で経営を引き継いだのかと聞くと,いや,うどん店かそば屋か忘れたが,とにかく料理店に賃貸の権利を譲った,と言う。
ますます気になって,帰路,ショッピングセンターに立ち寄る。
おかしなことに,このところ通っていたその場所はあの明るいガラス張りの喫茶店ではなく,半端に江戸情緒を醸した「生蕎麦・長月」という看板がかかっている。
原稿を催促されて気が急いていたので,(江戸情緒だからではないが)狐か狸に騙されたことにして,その場を後にする。
次の朝,再び「センター店」を訪れてみると,やはりそこにある。
彼女が一人で切り盛りしているのも,相変わらずだ。
昨日は何か勘違いしたのだろうと思い直し,いつものように,2時間滞在して店を出た。
いよいよ〆切が迫ったので,2日ほどアパートから出なかった。
原稿が何とか仕上がり,編集に届けたその足で,ショッピングセンターに行く。
また「生蕎麦・長月」だ。
一回りして確かめてみたが,場所は間違いない。
どうしたことだろう。
しかし,もう一度ぐるり一周しても,同じである。
致し方ない。眠気も限界だったので,早々に帰宅することにした。
翌朝,すぐ次の原稿が入ったとの連絡があり,急ぎの打ち合わせのために出かけることになった。だが,どうしても気になったので,ショッピングセンターに立ち寄った。
その場所は,がらんどうだった。
いや,よく見ると内装が黒く焦げている。火事のようだ。
ところが,隣の店は何事もなかったかのように営業している。
昨日何があったのだろうか。
隣の店で聞いてみる。
すると,火事は昨年のことであり,そのまま片付けないでいるので隣としても迷惑している,とのことだった。
編集との打ち合わせの場所を「カトレア本店」と指定して,また店を出る時に店主に尋ねてみる。
店主は,こちらの表情をうかがいながら,「実は,火事に遭って,そのまま店を閉めたんです」と答えた。
そして,「店の女の子が一人亡くなりまして」と添えた。
え。では,あの,江戸情緒のそば屋は何だったのか。
いや,違う。
あの喫茶店,そして,不器用で本が好きな,あの店員は何だったのか。
ひどく,とてもひどく気になったが,原稿はいつにも増して切迫していた。違うことに頭を動かしている暇はない。
そのまま,1週間ほどかかりっきりになった。
ようやく解放された朝,店の件を確かめることにした。
ショッピングセンターの1階を,奥へと進む。
つきあたりの角を曲がる。
その店は,あった。
カトレア・センター店が,ある。
入店する。
「いらっしゃいませ。」
いつもの彼女だ。照れたように笑顔を作るのも,いつものままだ。
動揺を抑え,隅の席に座り,注文を伝える。
しばらくして,先にいた二人の客が出て行った。
会計が終わると,彼女はまた本を読み始めた。
いつもの時間が戻ってきた。
1時間が過ぎ,コーヒーを追加しようかと考え始めたそのとき,
彼女は唐突に,ぱしんと大きな音を立てて本を閉じた。
いつもは相手の目を見ずに応対する彼女が,ボクの目を正面から見据え,宣告するかのような口調で,こう言った。
「あなたは,こちら側のひとですね」
そして,何事もなかったように,再び本を開いて目を落とした。
今感じているのは,恐怖なのだろうか。今ボクは,「怖い」と思うべきなのだろうか。
それもわからなくなって,代金を卓に置き,震える膝を伸ばし,彼女の脇を通らないように迂回して店を出た。
半年後,カトレアチェーンが倒産した。社長(あの店主のことだ)の行方がわからない,と新聞の地方版に書かれていた。
ショッピングセンターには立ち寄っていない。
言うまでもなく,「センター店」はそこには存在せず,さすがに火事のあとも整理され,うどん屋かそば屋の看板がかかっていることだろう。きっと,そんなところだ。
ただ,彼女の言葉が,始終脳裏にちらつく。
「こちら側のひと」--
どういう意味だろう。
彼女の意図を考えるとともに,自分の心の中をずいぶん探ってみたが,どこにも恐怖が見当たらない。
そればかりか,不思議な懐かしさにボクは満たされている。
そうか。ボクにも居場所があるのか。
行き場所があるんだ。
彼女はきっと,今もあそこであのままに,不器用に働きながら,暇になったら好きな本を読んでずっと暮らしている。
そして,永遠にその空間で幸せな時間を過ごすのだ。
そうに違いない。なぜか,そう確信できる。
そんなことがあって,ボクはようやく,何も怖くなくなった。
やっと,何も恐れずにいられるようになった。
(2007年8月5日,その朝見た夢について記す)
もどる
copyright (c) 2007 by Tomohide H. Muranushi