★ ぶつぶつ日記 ★

22-Dec-2001

目に見えない太陽が照らしている。あっという間に天空に上っていた。
客観的状況は何も変わっていない。夜もあれば曇ることもあるだろう。
しかし,この太陽は永遠に消えない。自分のなかにある太陽だからだ。
そう。私は私だ。俺は俺だ。そして,僕は僕である。それがわかった。
やっと,この日を迎えることができた。

21-Dec-2001

光,さしこむ。おだやかな温もりが残る。

13-Nov-2001

諦観と希望って,効果は同じなのかもしれない。

23-Oct-2001

気がかりがまた一つ,消えた。
しばらく体が軽やかだった。

08-Oct-2001

夕食に,矢作川の中流にあるヤナ場にいった。
料理の待ち時間に,ヤナに近づいてみた。小さな鮎が1尾ひっかかっていた。手に持ってみたが,気持ちが動いて,まもなく川の本流に放した。
聞けば,ちょっと以前に,すぐ上流に設けた堰が壊れたらしい。そのために水流がそれて,鮎がほとんどヤナにかからない状態になっているそうだ。
とすると,私が手にしたのは,貴重な落ち鮎だったのだ。ちょっとしまったことをした。

06-Sep-2001

出勤すると,門に,「火曜会」なるイベントの看板。
曜日を間違えて出勤したかと,思わずカレンダーを確認した。ちゃんと木曜日だった。

30-Jul-2001

ごほん,ごほん,げほっ。40歳の誕生日を前に,夏風邪が治らん。不惑しょいっ

22-Jun-2001

埼玉県の朝霞に,「一本気」というラーメン店がある(厳密には朝霞台駅/北朝霞駅が最寄)。ちょうど朝霞の東洋大学にご縁ができた頃に,週刊誌の「今なら行列しなくて食べられる名店」とかいう特集で取り上げられていて,最初は住所を頼りに道に迷いながら探しあてた。その後だいぶ行列ができるようになったので,時間帯を選ばないといけなくなった。また,ときどきスープの出来が悪いとかで休んでいて,そういうときは東洋大学から30分かけて歩いていく身としては辛いものがある。とはいえ,きちんとアナウンスを貼ってあるので,「ではまた次回」と納得できる。
比内鶏とかいう種類の地鶏でとったスープが看板である。塩と醤油とがあり,どちらも「あっさりしていて,なおかつコクがある」という風情。私にはもう少しくどくてもよいのだが,そうもいかないのだろうな。他方,麺については,細麺をいつもアルデンテに茹でており,とてもいい。増量可能な「つくね」と,オプションの煮玉子がまたよろしい。
今日は,変則メニューの「和製冷そば」を頼んでみた。ラーメンとはだいぶ違って,サラダ感覚。これがまた,めちゃくちゃおいしかった。

19-Jun-2001

どうやら,「不惑」というのは,成熟して落ち着くことではなさそうだ。鈍くなって,ちょっとやそっとの風ではよろめかなくなることなのだ。
それならそれでいい。ともかく,この針路で進むしかない。

15-Jun-2001

出版社の企画会議を無事に通過したそうだ。バンザイ!!

06-Jun-2001

版権はまだとられていないそうだ。やったぁ。あとは,出版社の企画会議を通るかどうかが関門。

25-May-2001

すごく翻訳したい本がある。自分の考えている「狭い意味での情報史」にほぼ一致するものである。他方,他所の分野の人にも手を出されそうな標題・内容なので,恐い。その出版社で企画が却下される可能性もさることながら,他所の分野の人に版権を押さえられている可能性のほうが恐い。出版社の人に問い合わせていただいているが,版権について回答があるまで,しばらく夜に悶々としそうだ。

24-May-2001

今週の「クロ號」には,思わず泣いた。

14-May-2001

職場の近所の薬局が閉店した。そこでは「參精」という栄養ドリンクを売っていて,私の体には大層効くため,ずっと頼ってきたのだが,それが手に入らなくなった。買い置きも払底していて,空き瓶すら残ってないので,製造会社名もわからない。インターネットでも検索できない。さあ困った。とても困った。

08-May-2001

自分の力の小ささに腹を立て,大きな力を追い求め,世界に広範な影響を与えたとしても,結局のところそれも宇宙の一齣にすぎない。どのみち,神にはなれない。「当事者」として日常の中にいるのがよい。
もっとも,当事者に徹すると,宇宙の営みの中に埋没し,何も見えなくなる。かといって,純粋に傍観者となるのは原理的に不可能である。他者との相互作用なしでいることはできない。そこを無理して傍観しようとすれば,見える像はきっとゆがんだものとなるだろう。
だから,当事者としてそこにいて,時に怒り,時に笑い,時に他者を動かし,時に動かされながら,同時に傍観者としてそこにいて,自己と他者をひっくるめた「状況」を「観察」しつづけるのがよい。それが,「人を見ず,天を仰ぎ,地を抱いて日々を過ごす」ことである。

07-May-2001

帰宅がすこし遅くなった。ひと気の少なくなった駐車場に行くと,私の車の付近に猫がいた。すぐにこちらに気づいて,土手を駆けあがった。そこでわかったが,タヌキだった。
いったん土手にあがってしまうと,あとは慌てることもなく,私が佇んで見ていても,そのへんの木の葉の匂いをかいだりしながら,ぽれぽれしていた。気にならないわけでもないようで,時々こっちを見るのだが,そのときちょっとフクロウみたいだった。手足は黒くて細かった。そうしてしばらく遊んだあと,木々の間に消えていった。
造成・開発が職場の間際まで進行してきて,キツネ・タヌキ・キジなどは付近から消えたはずだった。たぶん,わずかに残された雑木林を拠点に生息しているのだろう。

30-Apr-2001

こんな形で動物と関わって思うのは,結局,人類が在ること自体にとても大きな問題があるということだ。そして,私も人類である。そんな私が他人に対して憤るのは愚かなことだ。そっちの方角を見るな。天を仰ぎ,地を抱いて日々を過ごすこと。

29-Apr-2001

コイン洗車でマーチを洗った。車体から落ちる水は真っ黒だった。毛などがどうしても落ちないので,整備工場に依頼することにした。ジャッキアップし,スチームを使用しての作業。すると,やはりまだかなり残っており,「かたまり」もあったそうだ。においも含めてだいたい落ちたが,マフラーについたものが熱でこげたらしく,しばらくはにおいが残るのではないか,という話だった。

28-Apr-2001

軽井沢の繁華街のはずれの路上に,猿がいた。歩道にも何頭かいる。家族で街中まで出てきて,食糧の調達をしていたようだ。人慣れしているのか,うちの車が近づいても,路上の1頭はどっしり座り込んだまま,動こうとしなかった。
その夜,高速道路を走っていると,真中に動物の死骸があった。車線を半分ふさぐようなかっこうで横たわっていた。マーチの小さいタイヤでは,乗り上げれば転倒するかもしれない。といって,片側によけるとフェンスにぶつかりそう,逆によけると急ハンドルとなってスピンしそうな気がした。そこで,床面の損傷覚悟で,またぐ形で過ぎることにした。ゴン!!という予想以上の衝撃がフロアからあがってきた。はっきりわからなかったが,鹿か,猪のようだった。走行に問題はなさそうだったので,いったん待避所によけて110番通報したあと,そのまましばらく進行し,最寄のSAに入った。SAで床面を点検すると,床の突起部分そこかしこに毛がこびりついており,皮革製品のにおいが嗅覚を襲った。

23-Apr-2001

朝,ネコを轢きかけた。ネコは,反対車線のほうから飛び出してきて,ちょうど私の車と交差するようなタイミングで前方に突っ込んできた。ぎりぎりでネコが渡りきったのでセーフだったが,ブレーキを踏みながら,「ベージュみたいな珍しい色だな」などと暢気に考えていた。過ぎた後に震えが来たが,そのときは意外なほど平静だった。事故のときは(たぶん自分が死ぬような時でも),ほとんど瞬間なのに主観的な時間はとてもゆっくり流れるようだ。

13-Mar-2001

死んだ夢を見た。死んだので携帯電話を解約したのだが,幽霊になっても使えるとわかったので,もういちど契約することにした。しかし,当然ながら契約は非常に難しく,悪戦苦闘しているところで目がさめた。
そういえば,夢のなかで,しなければならないことや思いついたことをメモしていた。携帯電話のことや誰かに会いにいくといったことが並んでいたようだが,メモの冒頭は「風になること」だった。幽霊なりに自分のあるべき姿を模索していたのが微笑ましい。
それにしても,ほんとにこんな風に死ねたらいいのにね。

05-Mar-2001

マーチのタイヤをスタッドレスからノーマルに付け替え,そのまま自宅から遠いほうの駐車場に置いた。そしたら,雪が降った。いつも,この車に不利な状況が生ずると,必ず天気が悪くなるのだが,今回はまただいぶ腹が立ったらしい。

08-Feb-2001

今日のカーナビ。
今朝は,のっけから住宅を何軒も突き抜けて進むという暴挙に出た。というわけで,命名は「ナビリンス」ということになった。略してナビリン。

07-Feb-2001

大学への往路,カーナビは,何が何でも大学裏手の抜け道を使わせようとこだわった。その道は,農道ですらないような田舎道で,半分くらい拡幅等の整備が進んだため,残る未整備の部分がかえって危なくなったという道である。しかも,対向車と譲り合おうとはしないような余裕のない抜け道暴走族がぎゃんぎゃん走る。とても怖い。というわけで,今日もカーナビに逆らうことになった。
大学が間近になってから,昨年開通したばかりの造成地内の道路を通ったら,「砂漠の道なき道を行く」風情となってしまって,これはちょっと楽しかった。

06-Feb-2001

大学からの帰路,カーナビ任せで走ってみたが,地元民の感覚に反するガイドばかりするので途中で却下した。でも冷静になって振り返ると,カーナビの選んだ経路も理解はできる。もう少し腰を据えて付き合うか。

03-Feb-2001

エクストレイルという車が我が家に来た。背が高いくせにコーナリングのストレスもなく,安心して走ることができる。センターメーターというのも,不思議なほど違和感がない。なかなかよい。
オーディオレスの仕様なので,ラジオとCDを車用品店で買ってとりつけてもらったところ,なぜかTVやカーナビもついてきてしまった。そのおかげで天井にアンテナがたくさん生えている。なんだか猫のひげみたいだ。
私が方向音痴なので,我が家の車には必ずコンパスをつけることにしているのだが,カーナビのおかげで必要なくなり,助かった。

02-Feb-2001

久々に高熱。うなされて,小学校の頃の給食の話を一所懸命していたらしい。
異常なほどの汗っかきという体質のおかげで,半日でほぼ平熱まで下がる。といっても,まだ本調子ではなさそうだ。

24-Jan-2001

従来,人間は死の一歩手前までを駆使して生きるのが常識だったことと思う。それが,現代では死がとても軽くなって,そのような境界線がぼやけてきた。
原因は,生死が言葉のなかに取り込まれたことだと思う。
人は他人の死に涙し,自らの死の予感におののく。また,裏腹に赤ちゃんの誕生に感動を覚え,「近頃は簡単に自殺や人殺しが起こる」と嘆いたりもする。しかし,それらの思いはやがて言葉のなかに巻き込まれ,夢のなかに組み込まれていく。そして,生死それ自体から遠ざかる。
人間は言葉と夢の世界から出られない。そのこと自体はしかたがない。ただ,生死だけでも解放してやりたいものだ。

23-Jan-2001

高潮に襲われる夢を見た。目覚めてから思い起こすと,その海水の色は,スイスの川の水の色だった。氷河から流れくる,青白い滔々とした流れの色。
そのときは怖かったが,実はとても幸福な夢だったのかもしれない。

22-Jan-2001

21世紀ももう第4週めである。しかし,そんなことでとくに変化があるわけでもなし。困った人たちは相変らずだ。しいていえば,みんな,さらに疲れを累積しているように思う。

01-Dec-2000

怒りのエネルギーは減衰しない。自らの放った怒りは外界に蓄積され,いずれは自らを襲うであろう。

30-Nov-2000

どうも粗忽だなあ。決断は早くしないといけないが,さりとて慌てた即断はいけない。ゆっくり考える時間がないときは,チャージして考えた後,暫定的な結論を記録しておいて忘れよう。そして一定時間をおいてから記録を手にして,最終判断を行おう。

02-Nov-2000

最近は中日ドラゴンズ関連でよい話題が少なかったが,大豊選手の復帰というのは,久々に明るいニュースである。

15-Oct-2000

体の思うように動かない休日が多くなった。

12-Oct-2000

「クロ號」という猫マンガがある。『コミック・モーニング』に連載されている。とても気に入っている。
読んでいて,「猫を叩いてはいけない」と,つくづく思った。

08-Oct-2000

愛知に移住してきて,10年と半年が経過した。10周年記念日は,気づかない間に過ぎていた。こんなものか。

24-Sep-2000

読売巨人軍が逆転サヨナラ勝利でリーグ優勝を決めた。今のままでは,このような悲惨な出来事がまた繰り返されるに違いない。しかし,巨人軍を滅ぼしても,また第二・第三の巨人軍が現れることだろう。日本という国があるかぎり,巨人軍は永遠に不滅だからである。

21-Sep-2000

昨晩,久方ぶりに「いいラーメンに出会う」という経験をした。8年前,瀬戸「まるし」に出会って以来のことだ。
路上の屋台である。だから,いつまで食べられるものか,心配である。

20-Sep-2000

原田さとみって,なんとなく岩城徳栄に似ていませんか。
といっても,誰にもわかりませんね。とくに前者は東海地方ローカルのタレントですからね。失礼しました。ちなみに,外観はあまり似ていません。
ところで,福島県いわき市の小名浜港で,「磐城徳栄丸」というのを見たことがあります。ちょっと嬉しかった。

19-Sep-2000

ここ1年で,いくつかの「気がかり」が,自ら姿を消していった。
たぶん,身軽になったということなのだろう。

17-Sep-2000

数日前から,9月17日という数字がずっと頭にひっかかっていた。行事があるか,何かしなければならないはずだ。しかし,思い出せない。手帳も空白だ。
帰宅してから気づいた。冷蔵庫のうどんのパックの賞味期限だった。

28-Aug-2000

今日から10日間の旅行。ちょっと長いかな。仕事はどうなるのかな。ははは。

25-Aug-2000

猫を飼わなくなって,いったいどれくらいたったのだろう。

23-Aug-2000

愛知学院大学のキャンパスは広大だが,なぜだか広さを感じなかった。

22-Aug-2000

名古屋大学は,自転車で飽和している。構内を大量の自転車が縦横無尽に行き交う。しかし,慣れた自動車やバイクは,そこをスピードを落とさずに突っ切っていく。こうして独特の秩序が形成されている。

21-Aug-2000

東京の中央線は杉並付近で高架になっていて,車窓から,家々の連なりが遠くまで続いているのが見える。マンションが増えたので見通しは悪くなったが,今でも一番好きな風景だ。

20-Aug-2000

上京した折,楳図かずおさんと電車で乗り合わせた。家族がまず気づいて,携帯電話のショートメールでまわりくどく教えてくれた。ちらっと目線を向けたら目が合ってしまった。そのとき,ふと,楳図さんってとてもいい人なのだろうと思った。
ところで,うちの家族が膝の上で小さく「ぐゎし」をしていたことに楳図さんは気づいてくれたろうか。

12-Aug-2000

人が好いというのは美徳ではない。かといって,他人の言動にいちいち取り合っていてもしかたない。
まず必要なことは,自分の悪意に気づくこと。そして,他者の悪意を愛することだ。

11-Aug-2000

三十路はすべて山の中である。ならば,もうすぐ平野だ。(盆地かも)




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