TITLE>muransky -- Theory of Information Space(s)[JLIS] 標題:情報学における情報空間の概念
著者:村主朋英
発表:Journal of Library and Information Science. Vol.10, p.55-65(1996)

1. はじめに
1.1 問題意識
 本研究は,情報に関する存在論的探求の一環として計画されたものである。
 情報に関する基本的問題としては,「情報が実在するものかどうか」という問題に始まり,「情報現象はどういった因子の作用によって,どのようにして生ずるか」「ほかの現象とどういった関係を持つか」といったものがある。
 ここでいう存在論的探求とは,そうした問題に経験科学的な方法で取り組むのではなく,哲学的な(形而上学的な)議論を行う営為である。実証を伴わない以上,「どう存在しているか」と問い掛けるのではなく,「どう存在していると考えるのがよいか」という問い掛けを行うことが望ましい。
 さて,このような議論における立場として,どういったものがあるか。
 まず,自然科学的宇宙論に情報の概念を導入する作業が続けられている一方,情報の存在論をとくに顧慮しない実際的な立場もある。
 後者の立場に立つ場合,当座は情報を心理的・社会的世界,つまり物理的世界の「外」における現象と仮定していることが多いだろう。しかしそのような仮定を措いたとしても,実際的な立場であれば,情報と物質世界を完全に分離したままで考えることも難しいことだろう。したがって,原則的には「そうした心理的・社会的現象は,物質的基盤があり,その何らかの作用によって生ずる」と考えながら,いずれ完全な科学的説明が可能になるまでは既存の知識による安易な説明を避けるために,情報現象と物理学的秩序との関連を保留しているものと思われる。
 これに対して,思い切りよく情報の世界を別世界と見なし,情報現象それ自体を主要な因子とする空間(物理学的空間とは異なるもの)を想定するアプローチがある。
 このような「第三の立場」は,伝統的な諸学との整合性に問題があり,情報に関する素朴実在論に陥る危険を孕む。しかしその一方で,新しい世界観をもたらすかもしれないという期待をかけられる立場でもある。
 本研究を含む筆者の一連の研究の目標は,この第三の立場に関して,その可能性と意義とを探求することにある。

1.2 研究目的
 英語 information space,あるいは日本語の「情報空間」という語がよく使用されるようになってきた。とくにそれは情報学以外の文脈で目立つが,情報学においても,フォーマルに使用される語ではないものの,用例を目にすることがある。
 その使用例には,比喩的な(あるいは広告キャッチのような狙いのある)ものも多い。しかし,その中には,上記の第三の立場のアプローチに関連している場合があると見られる。つまり,物質世界とは別の秩序を想定し,その重要性を強調しようという存在論的立場を背景としたケースがありそうである。
 そこで,以前に英語のinformation space およびその類義語について,用例の拡がりと収束状況を同定した[01]。そして,その意味する事柄(あるいは語の使用者の抱く概念)について類型化した。
 しかし,こうした作業からは,情報空間の定義・概念規定の統合とか,望ましい考え方の追究といった展開は望めない。そろそろ,情報空間や関連概念を用いて行われてきた議論そのものを検討する段階に来た。つまり,情報空間の概念にまつわる議論について,思想史的な探求を行う必要が生じている。
 そうした議論全般の可能性と意義については,別稿を準備中である。本稿では,それに先立ち,情報学の内部における議論に集中し,今後の論考や作業の指針となるような定義,あるいは仮設的モデルをつくっておきたい。

2. 検討材料
 本研究では,情報の流れや情報検索機構に関する探求に結び付いた,情報学の範囲内の議論に限って検討を進める。情報学については,Bucklandら[02]およびVakkari[03]の詳細な議論を拠り所とし,図書館学・ドキュメンテーションから発展し,今も拡張を続ける学術領域と考えておく。
 これに対して,広い意味で情報に関係する研究領域(コンピュータ科学および社会科学系諸分野等)において,情報空間に関する興味深い用例や論考が数多く見いだされている。しかし,そうした広い範囲の議論については,前述の継続研究でカバーする。
 情報学の範囲内でも,数学的モデルやハイパーテキスト検索等の多様な文脈で情報空間という語が用いられている。しかしその概念を掘り下げて探求している論者は,B.C. Brookes,P. Ingwersen,G. Newbyの3名に絞られる。

2.1 B. C. Brookesの提案
 まずBrookesの考え[04][05]を見てみよう。
 彼の一連の考えの源には,K.R. Popperによって提唱された「客観的知識(objective knowledge)」(客観的な態度で獲得された科学的知識ではなく,客体化された知識)の概念がある[05]。
 Popperは,まず「主観的知識」の世界,つまり個人の精神世界(第2世界あるいは世界2)を物質の世界(第1世界あるいは世界1)とは異質の世界であると考えた。さらに,「客観的知識」によって構成される世界(第3世界あるいは世界3)を考え,やはりこれを世界1・世界2とは別の世界であると考えた。この世界3は,知識が客体として実在するような,ある意味で物質世界のアナロジーで捉えられる世界である。BrookesはこうしたPopperの考えを受け継ぎ,この三つ目の世界が情報学固有の研究対象であると主張した。
 つぎにBrookesは,以上の三つの世界がそれぞれ別個の「空間」を持つと主張した(ちなみにPopperは空間の概念は導入していない)。彼は世界2に対しては人間の心の中の空間を考え,世界3に対しては「客観的知識」(文献の内容や芸術作品等)により構成される空間を考えた。このような空間を認めることは,情報に関する存在論に関する一つの立場の表明である。
 Brookesは,これら二つの空間はともに物質世界と異質なものであることから,両者を総称して「情報空間(information spaces)」と呼んだ。彼は,物質科学で従来から探求されていた空間とは別の,これから探求すべき新たな未知の空間がこの概念で示されると主張している。なお彼は,mental spaces,cognitive spaces といった語も同じような総称的な語として用いている。
 しかし一方で,彼は「客観的知識」と「主観的知識」の区別を重視している。前者は精神の内容がそのまま外化されたもので,精神世界と異なり,客観的つまり科学的方法による探求の可能なものである。また,二つの世界の間に相互作用がある。そのため,「客観的知識」の探求により「主観的知識」の世界についても理解ができると考えている。
 このように,彼は,情報学は「客観的知識」というほかの科学の扱っていない固有の領域を扱うと指摘し,その経験科学的な探求を中心とする基礎情報学を構想した。つまり情報に関する科学的研究の確立が彼の最大の関心事であり,そのためにこの考え方が利用された。
 彼のこうした構想自体は,Popperの誤読を含むなど問題が指摘されている[06]。とくに,彼の示した「客観的知識」の探求方法は,文献等の物理的側面の計測に過ぎなかった。
 しかし,情報空間に関わる彼のアイディアは検討に値する。本研究の範囲では,存在論的言明というレベルで彼の仕事を評価する。
 彼の着想のポイントは,3点ある。まず,情報や知識という現象を物質世界から分離し,別個の原理によって成り立つ世界として考えたことである。さらに,精神世界から「客観的知識」の世界を分離した。そして,それぞれ他方に依存するのではなく,別個の対等の存在として相互作用を起こすと規定されている。

2.2 Peter Ingwersen
 Ingwersenは,認知的アプローチによる情報検索研究に関連して,情報空間(information space)と認知空間(cognitive space)という2語を用いている[07]。
 情報空間については,Ingwersenは著書の用語集の中で明確な定義を示している。

  情報システムの一部分であり,システム・
  オブジェクトに関連する潜在情報によって
  構成される。システムの状態にしたがって
  構造化される[08]。

 なお,システム・オブジェクトは,“情報検索システムに蓄積された,構造化された概念的性質を示す要素”[08]と定義されている。
 換言すれば,情報システムに内在するデータ(情報として作用しうるもの;潜在情報)の集合(それは数学的な意味での構造化を持つ)が情報空間である。また,仲介者が検索過程に介在する場合は,情報空間は,仲介者の知識構造を含むものとなると説明されている[08]。
 これに対して,認知空間という語は,同書では強調されていない。しかし,同様の考えを説明する際に,後に認知空間という語が用いられることがある[07]。その場合,認知空間とは,個人の持ついくつかの認知構造によって構成される個人的な空間である。
 一方,情報空間という語が用いられず,かわりにinformation objectという語が用いられているという例もある[09]。
 いずれにしても,彼の論考の焦点は基本的には認知機構に当てられ,それと「情報という現象を成立させる契機または基盤となる物質的構造の総体」との相互作用が最大の関心事項となっている。後者は情報検索システムの管理する対象であり,認知構造または認知空間に対置され,それを時に情報空間という語で表現するという用語法となっているわけである。

2.3 Gregory Newby
 Newby[10]も同じく,情報検索研究の文脈で情報空間・認知空間の2語を用いている。
 彼は,情報検索システムのインタフェースを考えるためにこの語を鍵概念として用いている。彼の研究の主眼は,navigationの概念を用いた情報検索システムの有効性を論ずることにあり,利用者がnavigateする対象を表すのにこの語を用いている。
 Ingwersenとの相互引用はなく,両者の関係は不明だが,共通のコミュニティにおける交流があるか,あるいは共通の典拠が背景にあるのかもしれない。両者ともにBrookesを強く意識していることも一因かもしれない。
 定義に際して,フォーマルに使用されない用語であるために一定の定義を与えにくいと嘆きながら情報検索理論の系列の関連文献をレヴューし,さらにBrookesや心理学・認知科学の文献にも言及している。そして,とくに情報システムに蓄積された情報の集合に対して,空間的構造を認知し,またそれを空間的に表現することができるという着想に基づいて,定義をまとめた。空間的な表現という一点は,Ingwersenの説明に比して特筆できる。
 彼のいう情報空間は,情報システムに蓄積された概念および概念間の相互関係である。これは情報システムと利用者との相互作用の過程で変化することがない。
 Newbyは,情報空間の例として,図書の索引,データベース,蔵書,コンピュータのインタフェースを挙げている。彼のいう情報空間は情報検索システム(あるいは情報メディア)に内在する情報によって構成されるものである。
 Newbyの情報空間は,認知空間(cognitive space)と対置される。後者は,利用者の内的世界である。前者と同様に,概念および概念間の相互関係によって成り立っており,認知的運動(cognitive movements;学習,知識の変化,あるいは思考のこと)はこの認知空間を媒材として生じるものと規定される。そして,この二つの空間の間で生じる相互作用の研究の有効性を示唆している。
 彼の考えるnavigationに基づく検索過程とは,利用者が自分の認知空間に類似したパターンを探しながら情報空間の中を探索して移動するものである。これは利用者と情報検索システムの相互作用の一環であり,検索過程で利用者の知識が動的に変化すること,およびそれに伴ってデータの含意も変化するといったことを顧慮した方式だという。
 人間は,情報検索システムと対峙し,情報空間についてのモデルを構築し,また修正し続ける。その過程を彼はnavigationと呼んでいる。そのnavigationを空間表現により支援したりするのが,インタフェースの役割である。人対人なら,コミュニケーションの過程でお互いのモデルを作り合う。しかし,相手がシステムである場合は,人間が一方的にnavigationを行う。
 説明の中で,情報空間の中の探索過程はビルや街の中を歩き回る過程と類比されているが,これは単なるメタファーではなく,実際に人間にとっては同じことであることをNewbyは強調している。
 物質世界も人間なしには存在しない。いや,物質の構造はあるのだろうが,ビルや街といった意味を持つ構造体は,その空間構造について人間が認知しないことには存在しない。人間は,ビルや街の空間構造の全部あるいは一部について空間認知し,その中を探りながら「歩く」ことになる。そして,情報検索の手順は,本質的にそれと同じである,ということになる。
 Newbyのいう情報空間は,コンピュータの端末画面上で視覚化されたりする対象である。物体から構成される空間の一部ではないが,抽象的な存在であるとか,どこか別の場所に浮遊しているものではない。強いていえば,物質空間の一部にある方法でアプローチしたときに知覚できる側面であるといえよう。
 なお,こうした考えは,仮想現実感やサイバースペースの概念と関連して展開されている技術とも親近性がある。

3. 分析
3.1 収束点の模索
 以上で紹介したBrookes,Ingwersen,Newbyの三者の考え方を比較する。
 Brookesのいう情報空間は,以下の二つの空間の総称である。
  1.人間の心の中の空間
  2.「客観的知識」(文献の内容や芸術作品
   等)により構成される空間
 これに対してIngwersenのいう情報空間は認知空間(個人の持ついくつかの認知構造によって構成される個人的な空間)と対置され,“情報システムの一部分であり,システム・オブジェクトに関連する潜在情報によって構成される”[08]と規定されている。
 Newbyにおいては,情報空間は情報システムに蓄積された概念および概念間の相互関係であると定義され,具体的にはデータベースや図書が例示されている。彼も情報空間に対して認知空間を対置している。認知空間は利用者の内的世界であり,やはり概念および概念間の相互関係によって成り立ち,認知過程の媒材となる。
 IngwersenとNewbyにおいては,いずれも情報空間は認知空間と対置され,情報システムの内部の情報を空間概念に基づいて把握したものである。これに対してBrookesの用語法では,情報空間とはIngwersenとNewbyのいう認知空間と情報空間とを合わせたものであり,認知空間はその同義語として扱われている。しかし,この相違は呼称の問題であり,図式的には,ほとんど同種のものである。
 とはいえ,Brookesは「客観的知識」と「主観的知識」との間に相互作用があると強調してはいるが,基本的には静的に対置するだけで,それ以上は明確な相互関係は記述していない。
 Brookesのいう「客観的知識」の空間は,人間によって生み出されたり利用される実体から構成されるから,基本的には人間に依存する。しかし,あくまで人間とは独立した独自の存在様式・作用原理を持つ自律的な実在であると彼は強調している。これは,「客観的知識」が経験科学的探求の対象となる客観的存在であると考えたいからである。
 これに対してIngwersenやNewbyは,情報は認知過程に依存する(主体を離れて知識・情報は現象しえない)と見なす立場にあるが,一方で情報伝達過程は認知空間と情報空間との相互作用により実現されると説明している。つまり認知空間と情報空間を別個の存在としての独自性を認めるという図式はBrookesと同様である。
 もともとIngwersenの考え方は,Brookesに対する認知的観点からの再解釈と銘打ったものである。また,NewbyはBrookesの情報空間の概念に言及している。したがって,力点こそ異なるが,考えの大枠は共有しているわけである。
 このIngwersen,およびNewbyにおいては,情報空間・認知空間の概念は認知過程と情報検索システムとの相互作用の理論に用いられるもので,情報検索理論の先端動向にリンクしている。また,Popperの特異な議論を持ち出していない分,日常的な感覚にとっても違和感を感じさせない。こうしたことから,Newby/Ingwersenの情報空間概念は,そうしたBrookesの考えを洗練させたものと位置付けることができる。
 つぎに,IngwersenとNewbyの二者の関係を検討しよう。
 二人とも,情報空間と認知空間とを対置させ,その間の相互作用過程に焦点を当てて論じている。また文脈がともに情報検索研究であるために,説明の道具立ても共有している。
 ただ,Newbyにおいては,インタフェースによる空間表現の力により,人に作用する環境としての含意を加えられている点が特筆される。
 Ingwersenはこれらの概念について,Newbyほどは考え詰めていない。ただ,逆にNewbyであまり触れられていない認知構造(認知空間)に関する入念な考察が含まれている。こうして,両者は相補的な関係にあるといえる。
 このように,力点や命名法は異なるものの,三者の考えは図式的に整合しているから,相補的に用いて差支えなさそうである。そこで,最後に空間の概念に関して簡単に触れた上で,三者の考えを統合しよう。
 IngwersenもNewbyも,空間の語義については,数学の概念にならって「集合」(対象(object)または実体(entity)の集まり;それら要素間には相互関係が見いだされる)という説明を基礎としている。Newbyはその上で,空間表現に関心を示し,要素間の相互関係を人間が認知するとそこに人間にとっての空間が知覚される,という考えを表明している。Brookesは,情報空間は物理的空間とは別の実在の空間と仮定しているが,Newbyのような「人間にとっての空間」という考えで十分なのではなかろうか。なお,このような空間概念の問題についても,哲学や心理学における空間論の進展[11]を背景に,今後の別稿で論ずる予定である。
 まとめよう。情報空間は,人間の認知機構と情報検索システムやメディアとの相互作用を前提として考えられており,図書やコンピュータのケースの中に情報空間というものが拡がっているなどと考えられているわけではない。したがって,物理学的な空間の中の一部(自然界のパターンや図書といったもの)をそのまま情報と見なすという考えの表明のために提案されているものではない。つまり,情報空間は,物質の構造そのものではない。
 また,一方で,認知機構内部の現象(幻想や夢のようなもの)でもない。あくまで相互作用の過程で知覚されるものであり,さらにそれが認知機構の持つ知識構造(認知空間)に影響を及ぼすことになる。

3.2 情報学の二つの志向との関連
 「情報とは何か」という問題は,情報学の草創期の百家争鳴の状況から,情報概念の分析作業の進展により,1970年代末には一定の落ち着きを見せた。
 そうしたとき,B.C. Brookes[06]はPopperの「客観的知識」の概念をもとに,認識論と存在論に関わる情報学の基本的考え方に関して野心的提案を行った。
 この提案は,Popperの誤読を含み,問題の多いものであったし,その後,情報学全体が認知科学とコミュニケーション研究に強く影響を受け,人間重視の路線に沿って進展する[03]と,積極的に言及されることも少なくなった。
 しかしながら,そうした状況で,Ruben[12]の示した考え方は注目に値する。Rubenは,情報学とコミュニケーション研究について,別個のパラダイムを持つ領域であると捉えた上でその統合のための方策を模索した。彼は,情報学とコミュニケーション研究のパラダイム(研究対象や視点・焦点)を比較し,双方の観点の統合のための枠組み(図1【割愛】)の構築を試みた。
 Rubenの示すように,コミュニケーション研究と情報学とは,共有する視野もあるし相互に依存する部分もある。しかし,現象をstaticなモデルで見るかdynamismをみるかという違いや,あるいはプロダクト志向かプロセス志向かという違いを有しており,相補的に接合していくべきではないだろうか。
 Rubenは,相互の緊張の上での連携を促している。それにより彼は,コミュニケーション研究やそれと親近性の高い認知的アプローチに基づく人間重視の視点の意義を強調するだけではなく,情報学の伝統的視点の有用性を忘れてはならないことを示唆している。
 さかのぼれば,BrookesがPopperの知識論に注目し,とくに「客観的知識」を情報学の版図として重視したことは,(情報の問題を文献やデータベースの物質的側面に還元するというミスを犯したものの)こうした二つの視点の差異とそれぞれの重要性とを暗示していたと考えれば,一定の評価を与えることができる。
 さて,Brookes/Ingwersen/Newbyの考えた情報空間および認知空間の概念は,その基本的構図から,こうした二つの志向の均衡を保ち,またその間に相補的な関係を見いだすのに有効であると期待できる。そこで次章では,情報空間と認知空間の概念,およびRubenの図式をふまえ,情報空間論の概念装置を仮設的なモデルの形でまとめておく。

4. 情報空間・認知空間の仮設的モデル
 まず,認知空間および情報空間の2語に定義を施しておく。

認知空間:認知システムの持つ知識構造
情報空間:認知空間を取り巻き,認知空間と対
     峙する構造の全体。

 この定義において,情報空間は記号等のパターンの折り重なった構造体である。記録物・情報検索システム・自然の物体等により形成される。情報空間は物質的自然と累層しており,物質的自然のメカニズムの影響を大きく受けるが,基本的には情報空間と認知システムとの相互作用による相互の変化が重要である。
 この考えのポイントは,情報空間が認知システムの環境となるという点である。認知システムは,情報空間の中で動作し,情報空間と相互作用する。他者も情報空間の中で同様に動作し,情報空間と相互作用する。その結果,情報空間は他者とのコミュニケーションの場となる。
 こうした考えを含む仮設的モデルを付録に示した。しかし,これは表現上も洗練されていないし,道具立ても貧弱であるから,今後の作業を通じて精緻化する予定である。
 さて,情報学は,この情報空間および認知空間の性質や実相について探求する研究領域であると規定しなおすことができる。さらに,情報学に関わる諸概念も,情報空間・認知空間と関連づけて規定しなおせば,一貫した図式のもとで捉えなおすことができるだろう。
 卑近な例をあげれば,図書館員や新聞記者といった「情報の専門家」は,情報空間に対する意識的・主体的な働きかけを継続することによって,他者と情報空間との相互作用を促進・支援する役割を果たすものと言える。
 なお,付録における記述は,静的な側面を中心としている。しかし,もともと,空間の問題は時間の問題と不可分であり,動的な過程を記述しなければ十分ではないと考えられる。時間的な因子を考える際,動きを考えるだけではなく,動きをもたらす因子(動因)を概念化し,積極的に導入することが必要である。
 そうした動因としては,個個の認知システムの目的ないし欲求や意志,さらに自意識・自己組織性・自己言及性といったものが考えられる。認知システムは,それらゆえに情報ニーズを生じて情報空間にアクセスし,認知的運動を行うものと記述できる。
 さて,情報空間の時間的な側面については,情報学の下位領域である情報史研究において探求されるものと考えることが出来る。
 情報史は,こうした情報空間および認知空間の織りなす状況,およびその時間的な変化を記述する営為であり,コミュニケーションメディアの特性,記録物に書かれた記号列,関連する認知システムの動作,認知空間の状態等を関心事項とする,と規定しなおすことができる。
 さらに,空間と時間が不可分であるということから,このような情報史研究は,情報学における研究の全体と不可分であるという考えを引き出すこともできる。

5. むすび
 今後,情報空間に関して論じている著作のうち,ここで取りあげていないものを巻き込みながら,情報空間にまつわる考え方の歴史(情報空間論の思想史)の探求を進める予定である。
 本稿では,それに先立ち,そうした作業の手がかりとなるように,情報学において提案されてきた情報空間と認知空間の概念をまとめ,仮設的な概念装置をまとめた。
 この仮設的モデルに関しては,着想段階であるが,現代物理学の空間論からヒントを得て,情報と認知機構とを包含した「情報場」のようなものを想定する方向を検討している。
 たとえば,共同体(または文化)の持つ全体の動きが個人の認知過程や情報行動にどのような影響を与えるかといった点を考える際に,この「場」の概念の導入が有効であると期待される。この点については,ゲシュタルト心理学や認知科学において興隆している状況論のアプローチ,さらに都市計画や環境に関する動向からも,多大な示唆を得られそうである。
 また今回は,「空間」の概念に関してはほとんど言及していない。しかし情報空間を論ずるためには,自然科学的宇宙観(コスモロジー)の空間論ではなく,人間にとっての主観的または間主観的な空間を考えることが前提として必要となる。そうした面を支援する空間論の動向についても,継続研究で検討する予定である。

[01]村主朋英. 情報空間という語の用例の分析:情報学のための空間概念の構築を目指して. Journal of Library and Information Science. Vol.8, p.87-107(1995)
[02]Buckland, Michael; Liu, Ziming. History of information science. Annual Review of Information Science and Technology. Vol.30, p.385-416(1995)
[03] Vakkari, Pertti. Library and information science: its content and scope. Advances in Librarianship. Vol.18, p.1-55(1994)
[04] Brookes, B.C. Information space. Canadian Journal of Information Science. Vol.5, 199-211(1980)
[05] Brookes, B.C. The foundations of information science Part I: Philosophical aspects. Journal of Information Science. Vol.2, No.3/4, 125-133(1980)
[06]村主朋英. Karl Popperの“客観的知識”概念とその情報学に対する意義. Library and Information Science. No.24, p.1-10(1986)
[07]Ingwersen, Peter. Cognitive perspectives of information retrieval interaction: elements of a cognitive IR theory. Journal of Documentation. Vol.52, No.1, p.3-50(1996)
[08]Ingwersen, Peter. Information Retrieval Interaction. London, Taylor Graham, 1992.(翻訳 情報検索研究:認知的アプローチ. 細野公男ほか訳. 東京,トッパン,1995.)
[09]Ingwersen, Peter. The cognitive perspective in information retrieval.
47th FID Conference, Omiya, Japan. International Federation of Documentation, 1994.
[10] Newby, Gregory B. Towards navigation for information retrieval. Doctoral dissertation. Syracuse University, 1993.
[11] 加藤義信. "空間認知研究の歴史と理論". 空間に生きる. 京都,北大路書房,1995.
[12] Ruben, Brent D. The communication-information relationship in system-theoretic perspective. Journal of the American Society for Information Science. Vol.43, p.15-27(1992)


附録(情報空間論のためのアンソロジー)を読む

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