iPad所感
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Fri 18-Feb-2011
iOS4.2にかわってから,日本語を五十音キーボード で入力できるようになった。 これがなかなかよろしい。 最初は,キー入力に慣れない人向きの親切機能 という程度に考えて,見向きしなかったが, 気軽にメモをとるようになってくると, ローマ字入力のキーストローク量が邪魔くさい。 既存のキーボードに似せたレイアウトは, 一見すると慣れたとおりに入力できそうだが, いろいろ微妙に異なり, かえって違和感が際立つところがあって, いっそここまで違うものの方がよいとも言える。 最大の利点は,左手でも右手でもあまりかわらない というところである。 もちろん対称レイアウトではないが, 右向いて寝転がるときも,左へ寝返り打った後も, さほどかわらない効率で文章を入れることができる。 そもそも,iPadの基本操作系自体が マウスやトラックパッドと違って右・左の別を 意識させない特性を持ち,左利きの人も不自由なく, 右利き人間がたまに左手で使うのも自在なのだから, キー入力においても右・左の壁が低くなったのは とても大きなことである。 一点だけ不満なのは, BackSpace(delete)はかなりよく使うにもかかわらず 右上のはじっこにあるという点である。 真ん中付近に置いてほしいな。
Thu 17-Feb-2011
着想メモを紙のメモパッドからiPadに移管して9ヶ月。 思索メモのほか,授業や大学業務上のメモについても できるだけ紙を使わないようにしてみたが, とくに不自由がない。思考を妨げることがないし, その他,とくに紙使用よりも不便・不利な点は少ない。 何度も同じようなメモを書きためながらだんだん 考えを固めるスタイルをとっているが, あまり繰り返しが多くても困るわけで,その点では 少し循環が減少したかもしれない。 前のメモを簡便に参照できるからである。 逆に,あえて何度も同じことを書くことによって 考えを進めたいときもあるのだが, そのときにも邪魔にはならず,ちょうどよい具合である。 暗いときには紙のメモは手探りとなるわけだが, その点では,画面が光るiPadとは全く比較にならない。 着想が浮かぶのは就寝中が多いので,床の中で ひっくりかえっていても,右を向いていても左向いても メモをとることができるのも有り難い。 また,メモから草稿,そして原稿へと進む工程も, 当然ながら圧倒的に有利である。 一方,紙のメモなら,机や床に並べたり束ねたりして 物理的に再構成することによって処理を進める ということができる。 iPadの情報整理系ソフトはあまり使う気にならない。 同様に,ことばの列にならない着想や, 二次元以上の構造の操作を必要とする検討事項には 不利である。 適材適所で使い分ければよいというところだろうが, しかし,メモパッドも一緒に持ち歩くというだけなら すぐできるものの,併用して使い分けるには, スキャナーやカメラでデータを融通する必要があり, それは甚だ面倒だ。 ただ,これらの少なくとも一部は, 長年にわたり紙ベースで作業してきた習慣から生ずる要請 かもしれない。 また,現時点の機能上の制約やアプリケーションの現勢に 起因するところがあることだろうし,iPhoneと違い, iPadの画面なら,いずれ何とかなるかもしれない。 まずは,頭の中の作業を増やしたりやり方を変えたり, 適切なアプリケーションを見つけたり作ったり, ほかのハードウェアとの併用などで補う工夫を重ねよう。 原稿執筆の段階については,iPadは使い物にならなかった。 これはおそらく今後もかわらない。 MacBook Airのキーボードが自分の手に合うものなので, このたびの原稿の執筆はそちらへ移って続けた。 しかし一定レベルまでまとまったあと,推敲する段階では, いつでもどこでも読み書きできるiPadが圧倒的に便利である。
Wed 16-Feb-2011
昨今,この機械自体は全く目を引かなくなったはずだが, 街中で使っている様は,少し目立つのだろうと思う。 ケースカバーも含め,どうやって携帯すれば目立たないか, いろいろ工夫すべきところかもしれない。 といいつつ,もともと服装身なりに気を使うことができず, 立ち居振る舞いにおいていつも「変な人」である私には, どうにもならないことである。 必要に迫られ,焦って使うことも多いので, 結局,何も考えずに街中で操作し, 変な人度がアップすることになる。
Wed 24-Nov-2010
職場のPowerMacが熱暴走するようになったので,買い替えた。 従来,予算の範囲で機能・性能を欲張る方針をとっていたが, 別途,MacBook Proがしっかり稼働していることと, iPadのおかげでpartly cloudyな生活に慣れてきたため, MacBook Airという名の半端くんを購入することにした。 文書作成機として,大昔はFM-11(OS-9),その後は PC98シリーズを永く使っていた。(当初98を嫌悪していた のだが,新松というワープロソフトのせいで転向した) 文書作成にMacを使ったのはPowerBook G3が最初で, 翻訳などの大量の文章を打ち込む仕事で使い倒した。 Macを主力機と位置付けるようになったのはそれからである。 とはいえ,PowerBook G4,PowerMac G5,MacBook Proの いずれもいまいちで,使い慣れたMacだからということと キーボードのcontrolキーの位置が異常なIBM互換機系統は 論外であることから相対的に選好してきたにすぎない。 それらに対し,MacBook Airはよく手に馴染む。 いまだJeditくらいしかアプリをインストールしていないが, それだけでも十分に私を助けてくれる。 そんなわけで,「ぺらまっくん」という名前をつけた。
Tue 23-Nov-2010
4.2.1へのアップデートがあり,未明から大変な騒ぎであった。 韓国語やアラビア語等の直接入力ができるようになったほか, 簡易マルチタスクなど,種々こまごまと変化している。 OSXと同様,新奇・異質なものを荒削りのままひとまず投入し, そのあと調整をつづけて落ち着かせる方針らしい。 この調子なら,来年のモデルでも根本的な変化はないと思われ, あまり気持ちを揺らさずに数年間使い続けられそうだ。 ディスク容量の問題(すでに残りが3GB程度となった)や, いずれ訪れる電池の寿命が買替えの主要因となるかもしれない。 それまでもその後も,不便な部分はMacの方を新調して補って, 日々よくつき合うことに傾注することが幸福への道であろう。
Mon 22-Nov-2010
なで猫オロニャインのiPad版がリリースされている。 オロニャインと,画面を手でさわるコンピュータ。 互いに,まさにそのためにあるかのような取り合わせである。
Wed 11-Nov-2010
古い文書ファイル群を掘り起こすうち, 何だかiPadに関係しそうな雑文が見つかった。 指で思考するための道具 なぜ私がこの機械に(他でもなくこれだけに)魅了されたか, 何となくわかる。 ちなみに,名古屋に移住して2年,という書き出しなので, 1992年ごろの文章ということになる。 ここから浮かび上がるのは,主として 居室の状況が今とあまりかわらないなあということだが, この頃は,保持している資料のうち,論文コピーなど 非製本資料の比率が高かったという点が異なる。 当時,「山根式袋ファイリング」を導入する一方, 「超整理法」については何となくスルーしたりしていた。 さて現在は,非製本資料ファイルの大部分が 講義用のメモや資料のコピーである。 けっこうな分量になっていて, 行方不明事件がちょくちょく起こるので, うまい運用方法がないものかと思う。 しかしiPadは,深夜や早朝の布団の中で思いついたことを 忘れないうちにすかさずメモをとる,という一点では この上なく便利だが, 授業の際,画面1枚だけの板きれは用をなさない。 年度ごとに細部だけ異なる似たような講義ノートが溜まり, 授業時にはそうしたものを何枚も束ねる形で手に持つか, 参考資料と併せて教卓にばらばら置いて参照するので, これらをスキャナーで取り込んでみても, 使い物にはならないわけである。 そのために仕事のやり方を変える筋合いもないから, やはりiPadという名の半端くんは, ぴたりと嵌るところだけ担ってがんばってくれれば それでよいのだろう。
Tue 10-Nov-2010
だいぶ日記を更新していなかったが, 飽きたとか,がっかりしたとか,そういうことではない。 いつも携帯し,主に万能手帳として 当たり前の日常になったから,という美しい話である。 そういえば書き漏らしていたが,私にとってのキラーソフト は朝鮮日報のアプリである。(iPhone用) リリースされた際,「こんなのがあるならiPhone買いたい」 と強く思ったものだった。 結局iPhoneの購入には至らなかったが, これってiPadでも動くはずだよなあと思ったのが運の尽き。 それが軸線となって,多少の疑義(結構不便そうだとか, 他にも買わなければならない機械があるよなあ,とか)を 容易に越え,予約開始日に予約するに至ったのだった。
Sun 04-Jul-2010
青空文庫を少し探訪してみる。 自分がけっこう本好きなのだと自覚する。 それとともに,電子ブックを肯定してもよい という気分になってきた。 iPadでなくてもできることなのに, iPadを手に持ったことによって関心が向いた。 キラーソフトが機器の普及を促すと同時に, 機器のイノベーションがソフトの普及を促す という双方向の因果を実体験したことになる。
Sat 03-Jul-2010
CDやDVDの所有にこだわる「板好き」で, 音楽や映像のダウンロードには関心がない。 iPadを電子ブックリーダだと思っていない。 だから,メモリーは小さくてよい。 自宅と研究室でしか使わない。 だから3Gモデルは無用である。 新製品はいろいろ怖いので,半年か1年後 の次期モデルを本命と考える。 そんなこんなで,5万円未満の最安値モデル, 「ミニマル買い物」で済ませた。 しかし,まず,戸外でも随時使いたい と思うようになった。 そもそも,愛知淑徳の学内は 使用できる機能がものすごく制約されるので, 自宅以外ではほぼスタンドアローンであり, ますます3Gにしとけばよかった感が高まる。 さらに。 ものの1ヶ月でメモリーの半分が埋まった。 まず,辞事典のダウンロードが効いている。 辞書マシーンとして頼りにする気はなく, あくまで気軽な予備探索に使える程度 のソフトを入れただけだが,結構大きい。 さらに,聖書が600MG以上を占有している。 メモリーの大きい機種を買うべきだった, と思いたくはないが,気を抜くと ときどきそうつぶやいている。とりあえず 今後,これ以上メモリーを食う用途が 発生しないよう,切に願う。 ところで,聖書。信者ではないので, 一種の参照情報源として導入した。 語学資料としても期待できることから, 多言語収録のアプリを購入。 トルコ語版と韓国語版を並べて表示したり, けっこう楽しい。(といっても,創世記の 1行目を見比べるくらいであるが) バランス上,コーランも導入した。 ついでに,朗誦を聞けるソフトも購入。 CD等で音楽をかけているときに流すと, 激しいミスマッチの中, 時々意外にシンクロしたりして, なかなかよい。
Thu 17-Jun-2010
手を洗う回数が増えた。
Wed 16-Jun-2010
Mac OSの添付ソフトはあまり使わない。 とくに,iCalは視界にも入らなかった。 しかし,iPadのそれは使う気を起こさせる。 画面が綺麗だし,操作系も小気味よい。 何より,機械自体を自由に持ち運べる点が 大きく寄与している。 iPadをお外で使うのはいまだ恥ずかしいし, 持ち運ぶといっても携帯電話ほど軽くなく, ノートパソコンよりほんの少しだけらくちん という程度なのに,何か一線を越えた感 がある。いやいや,もっと簡単にいって, まずは,いつも持って歩きたい道具だから スケジュールもそれに入れたくなる というところかもしれない。 使っていて違和感を覚える点もあるし, もう少し機能の高いソフトを使いたい と思うこともあるが,そのたび, 多少の不便はあってもまあこれでいいか という考えに落ち着く。 私の場合,冊子の手帳もそんな感じだ。 それぞれ一長一短で,決定的なものはなく, 何かの点で気に入って選んだら,あとは 使ううちそれぞれ適当に手に馴染み, そのうちに大過なく一年が過ぎていく。 そのような「ほどほど感」が ここにそのまま移ったような, そんなかんじがある。
Tue 15-Jun-2010
「ガイアの夜明け」は見なかった。(録画はした)
Mon 14-Jun-2010
絵本のアプリ"Alice for the iPad"を購入した。 Appストア経由で,やや高めの1000円。 アリスって,いろんな形で何冊も持っていたい著作 だけど,これは単に電子ブックというだけでなく, 仕掛け絵本の要素を盛り込んである。さらに, 背景画像が「劣化した酸性紙」を模している点, 私のツボです。
Sun 13-Jun-2010
「いまさら」モノですが,ときどき見失うので,メモ。 ・iPad magic 「メディア論から見たiPad」というようなストーリー のあるマジック作品 ・iggy investigates an ipad iPad vs. 猫くん うちの飼い猫は,皆,テレビ画面に反応しなかったなあ。 でも,そのうち一匹は,鏡などで太陽光を反射させて 壁や天井に鋭利なかんじの光のかげをつくると, 異様に反応したものだった。 鳥が近くにいるときみたいに「うかかかか」と声を出し, 狙いをつけて飛びついたりした。 ボールやネコジャラシで遊ぶときとは違って無我夢中で, ほとんど「本能的」という風情だった。 特定の形状・大きさが必要か,動きの問題か,それとも 相互作用性があるとうれしいのか。
Fri 11-Jun-2010
メモ魔である。 学生時代もそうだったし,仕事上の会議でも, 講義の準備でも,文字数の多い方である。 なので,メモ帳のように手になじむ個人用機がほしい といつも念じてきた。 とはいえ,期待が大きいせいか,消極的な性格ゆえか, そんなに努力や試みを重ねたわけではなかったりする。 牛革くさい「ビジネスの達人」ノリが好きでない ということもあって, システム手帳をそこそこ使ってみたくらいで, 電子手帳やPDA等の「新製品」には全く手を出さずに 今に至る。 その間,電子辞書や携帯電話の高機能化に伴って, そうした信念が少し揺らいだところでiPadが登場した。 まさに手になじむような機械が開発された,という 感触があり,文具として本気で使いこなしたいという 気持ちが高まっている。 とりあえず,このところ,中学・高校生時代のように 自分の言葉を大事にするように転じたため, 枕元にメモ用紙を置いておいて 夜中や早朝に考えたことをメモすることが多い。 その用途ではiPadが最も助けを与えてくれる。 そこを手始めに,あれこれ態勢を整えようと思う。
Thu 10-Jun-2010
プレゼンテーションや画像呈示に使用してきた機械が あまりにも古くなっているので, その用途をiPadに移行することにした。 パフォーマンスはだいぶ高まりそうだが, ファイルの移行ひとつとっても,なかなか苦労。 さらにその後のデータ修正やファイル管理を考えると, 気が遠くなる。
Wed 09-Jun-2010
今日は,辞書アプリを少し買ってみた。 アプリや電子ブックは現時点でも踏破しづらいほど 広大な原野なので,徐々に探検を試みている。 「本は買えるときに買っておくべし」という方針で 長く生きてきたあげく,「使うかどうかわからない 情報源をもできるだけしっかり確保しておきたい」 という一種の強迫観念さえ持つ者にとり, このような端末機に期待するものは大きいわけだが, それにはまだまだたくさんのものが足りない。ここは 「情報科学ではないところの情報学の出番」だろうが, だからこそ,道のりはあまりにも遠い。
Tue 08-Jun-2010
なかなかに制約が多いわけだが,反面,使える部分は 激しく魅力的で,だいぶ付き合いづらい機械である。 ただ,ふつうのパソコンが「何でもできる感」の強い分 どうしてよいかわからなくなったりするのに比べ, 創意工夫で何とかしようという気運を惹起するところが 長所といえば長所なのかもしれない。 「逆説的性能」というところか。
Mon 07-Jun-2010
PCとのファイル交換の方法・手順の定型化など, 操作環境の面で試行錯誤を続けている。 とはいえ,カスタマイズできる部分は少ないし,とくに ファイル交換については,あまり欲張るべきではない という考えを固めつつある。 個人用機を買い替えるたびに引き継いできたファイル群は, 基本的に移行しないことにした。 それでも必要なときには参照できるようにしたいものだが, そのためにはもともとのファイル群を整理しないとね, という至極妥当な結論に行き当たって,思考中断。 それはそれとして,実際のところ, ここしばらく「原点回帰」の旗印のもとで いろいろ削減してきたところだから,ちょうどよい機会だ。 しかし,この《原転》にかかわる覚え書き群も, 試行錯誤の経過を含むため,余剰が多い。 最小限の言葉の群れを慎重に選び,慎重に配置しながら 白紙の上に再び何かを作りたいものである。 (曰く《tabula rasaとしてのiPad》)
Fri 04-Jun-2010
我が家のiPadの呼び名・Pinakeyは, keyboard付きのpinakes,というような趣旨で名付けた。 その心。 ※私見を書き留めようと思って書きはじめたものの, 途中から情報史・メディア史方面の教材という風情となった。
Thu 03-Jun-2010
電子ブックリーダだけを前面に出す限り,すぐ飽きられると思う。 いまいち不便だというのがとたんにネックとなる。 まずは魅力的な電子ブック商品をうまく提供しつづけ, 手元に達するようにすることが必要だ。 当初,iBookに夢中になったが,それはショップで欲しいものが 見受けられたから。しかし,もともと古くて一般的で安価なもの ばかりであり,更新もないから,すぐに気持ちはしぼんだ。 一方のKindleストアは乱雑で,まだ使い勝手を覚えられない。 もっと欲しい本を探しやすく,あるいは本が欲しくなるように 書店機能を付加すれば盛り上がる。 セールス上のアピールの過剰は困るが,ガイドやまともな組織化 なら大歓迎だ。いまのカテゴリー構成は,時間を持て余す旅行者 のための駅の書店のような知的貧相を反映している。 さらに,最終的には,個々のショップの工夫を超えて,全体として どう情報を網化し,探索方法をどのように規定するかが鍵である。 だからiPadは,百科事典,目録や検索を含む歴史の先にある と考える方が良い。 読むことが最終目標という消費者感覚に甘んずる者, お客はその程度と決めてかかった商品開発を行なう輩が跋扈する。 他人に聞いて感心して(あるいは安心して)本を手にとったり, あるいはお気に入りの本を後生大事にするような, そのような状況説明が書物の世界のすべてではない。 読み物が情報の世界の中心にあるわけではない。 iPadの本性も,リーダでなく探す手立てにある。 そもそもリーダも,ページがオブジェクトなのではなく そこから得られるテクスト,さらにそこから得られるものが要だ。 いずれにせよ,組織化された情報の体系の糸口がまとまっている というのがiPadの本性だ。 iBookでいえばLibrary画面がホームだと見るべきだ。 目当ての本を読むまでの途中の面倒な手続きと思ってはならない。
Fri 28-May-2010
宅急便でiPadが届いた。 いつも新製品について腰の重い人間だが, これについては決断早かった。 自分のために新しい文具として期待しているのと, 歴史的にはMemexからDynabookを経て今に至る道の かなりはっきりした到達点で,しかも こんなふうな,わかったような発言を すべて軽くはねのけていくような 圧倒的な力を持っていると思うからである。 何より,なんだかとてもかわいい。 ひそかに,Pinakeyという名前を付けた。