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卒業論文抄録
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2003年度 卒業生
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R−1こちらのページでは、学生が制作した卒業論文の抄録をご覧いただくことができます。
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英国紅茶とは何か
安藤陽子
1.はじめに
「英国紅茶」とは、「イギリス人の大多数が好む濃厚なミルク・ティのことであり、また、イギリス人の紅茶をとりまく文化全体のこと」という二通りがある。
「英国紅茶」と言われれば、さもイギリスで生産された紅茶のような印象を受けてしまうが、紅茶はイギリスでは生産されていない。しかし、それでも今日のように、紅茶を世界的な飲み物として普及させたのはイギリス人の功績である。そして紅茶は、イギリス人にとって、生活文化の一部になっている。
2.英国紅茶の歴史
17世紀 中国からの茶が、オランダを通じて持ち込まれる。ポルトガルからキャサリン王妃が嫁ぎ、イギリスの上流階級に紅茶を広める。
18世紀 東インド会社が茶貿易独占体制を確立する。紅茶の輸入量が増加するとともに価格が下落する。紅茶がイギリス市民にまで普及する。
19世紀 イギリスがインドの奥地でアッサム種を発見し、インド・セイロンでの茶園開拓が始まる。紅茶貿易が完全自由化し、ティ・クリッパー時代がはじまる。
3.英国紅茶と経済・流通
イギリス東インド会社が茶の輸入を始めるのは、17世紀からである。そして18世紀はじめから急速に中国からの茶の輸入量が増大する。イギリスに茶が入ってきたほぼ同時期にコーヒー、ココアも舶来飲料としてヨーロッパにもたらされた。はじめは紅茶よりもコーヒーのほうがイギリスではよく飲まれていた。しかし他のヨーロッパ諸国との競争により、結果的にイギリスは茶にたよるしか道はなかった。19世紀にはいると、インドの奥地でアッサム種が発見された。イギリスは茶の栽培をインド・セイロンで行うようになり、中国茶に変わって、茶の流通を独占するようになった。
4.イギリス人の生活と英国紅茶
イギリスでは、ただ紅茶を多く飲むだけでなく紅茶にまつわる様々な習慣が形成されてきた。そしてその飲み方や時間の過ごし方はイギリス人の国民性を反映し、実質的でありながらも生活にゆとりを与える重要な要素となっている。
5.おわりに
茶の生産地から遠く離れたイギリスにおいて、なぜこれほどまでに紅茶が普及し、独自の文化として発展したのか。経済的、歴史的要因として、コーヒー生産地の獲得に失敗したことと、インド・セイロンでの茶園経営の成功が挙げられる。文化的要因として、社交の際の飲み物として用いられたこと、陶磁器産業の発達が挙げられる。また、気候やイギリスの食生活の習慣によく合っていたことも言える。
【文献】
日本紅茶協会(1996 )「現代紅茶用?辞典」柴田書店
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